ゴロネ読書退屈日記

ゴロネ(平成元年生まれ)。読書ブログを目指している雑記ブログ。2人の息子とじゃれ合うことが趣味。

『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』、たまらなく好き。

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ロマンティックな映画でもあったなあ。クエンティン・タランティーノの、あの頃のハリウッド、そしてシャロン・テートへの深い愛を感じずにはいられなかった。

 

マーゴット・ロビー演じるシャロンが、自分の出演している映画を映画館にふらりと見に行くシーンは最高だった。シャロンは観客と一緒になって映画を観て、観客たちの反応を楽しむ。彼女の若々しい素足は、無邪気に前方の席に投げ出されいる(足の裏側を正面から撮るタランティーノ! 彼のこれまでの作品を観れば分かるが、彼は狂気が感じられるほどの足フェチなのだ)。

 

そんな天真爛漫なシャロンを見る僕たちは、思わずニコリとしてしまい、幸せな気持ちになってしまう。僕たちは、彼女のこの後の悲劇を知っている。彼女の生は短い。だからこそシャロンの幸福は、より一層、輝いて見える。儚さは、美しい。

 

タランティーノシャロンについて、ずいぶんリサーチをしたと『ユリイカ』の9月号のインタビューにあった。

 

いろいろ書かれたものを読んだし、彼女の妹に会ってたくさんのことを話してもらった。実際、どんな証言の中でも「彼女は天使みたいだった」とみんなが語っているんだよ。俺は映画の中のシャロンっていうキャラクターにすごくハッピーを感じてる。

 

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「彼女は天使みたいだった」ー。映画に描かれたシャロンも本当に天使のようだったよね。タランティーノは、取材を重ねる内にシャロンを自分の映画の中だけでも救いたいという思いを強くしたんじゃないかな。

 

 

 

映画には、今ではマイナーになってしまった多くの固有名詞が登場した。シャロン・テートロマン・ポランスキー、『ローズマリーの赤ちゃん』、マンソン・ファミリー、ブルース・リースティーブ・マックイーン、『大脱走』、マカロニ・ウエスタン、デニス・ホッパー……。そして映画はその固有名詞を大いに活用していた。

 

固有名詞が多いことで、鑑賞に知識が要求されることは、現代では何ら作品を批判する理由にならない。観客は鑑賞前後に手に持っているスマホで検索をすれば済む話だ。例えば、「シャロン・テート」を検索すると次のように出てくる。

 

シャロン・マリー・テート(Sharon Marie Tate、1943年1月24日 - 1969年8月9日)は、アメリカ合衆国の女優。テキサス州ダラス出身。妊娠中に狂信的なカルト信者らに刺され、26歳で母子ともに亡くなった。(Wikipediaより) 

 

ネット時代では、固有名詞は作品の消費者を限定させるものではなくなり、逆に消費者の検索欲を刺激し、作品を楽しむためのハードルを下げた。ソーシャル・メディアがプラットフォームのなった現代の状況をタランティーノは完璧に理解していて、それを上手に物語に織り込んだ。観客それぞれが固有名詞にアクセスすることで、一層この映画が面白くなり、ラストには最高のカタルシスを得ることができる。

 

『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』は、これまでの作品でパロディーを重ね、洗練させてきた、タランティーノ映画の最高峰と言えるだろう。

 

 

 

人は他人に見られたくないという欲望と見られたいという欲望を同時に持ち合わせている。だからこそ、ネット時代ではこんなにも多くの人達が素の自分を覆い隠しながらキャラを演じ分け、せっせとブログを書いたり、SNSに投稿したりしている。その見られたくない欲望と見られたい欲望を肥大化させ、呪縛されているのが俳優という職業ではないか。

 

若いシャロンはまだ見られることの喜びしか知らないが、レオナルド・デカプリオ演じる落ち目の俳優、リック・ダルトンは、その眼差しに苦しんでいる。彼は精神不安定で、よく泣く。主役から悪役に転じてしまった情けない自分を見られること、そして、将来的には自分は誰の関心も得られなくなってしまうのではないかという不安に押しつぶされそうになっている。その不安がさらにアルコールへの依存を加速させる。

 

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デカプリオって本当、いい俳優になったよなあ。彼の表情の豊かさ、一挙手一投足のうまさには溜息が出るほどだった。セリフを忘れてしまった自分に激昂するシーンはたまらなかったよね。あのシーン、DVD買ったら、絶対繰り返し再生すると思う。

 

リックと西部劇に共演する少女の登場は、絶妙である。脚本がいい。あの少女が登場するとしないとでは、リックの物語の深みがまったく違うものとなっただろう。彼女の存在が彼を絶望させ、奮起させるきっかけとなる。

 

最初は「イタ公の映画なんてクソだ!」 と泣きながら言っていたリックだが、プライドを捨て、マカロニ・ウエスタンに出演することを決めたのも、彼女の存在が遠因であったとも読み取れるだろう。

 

 

 

そして、ブラット・ピットの格好良さには、誰もが痺れたんじゃないかなあ。ブラット・ピット演じるクリフ・ブースの格好良さは、リックと違い、他者の眼差しをまったく気にせず、素の自分のまま自由に生きているところにあると思う(俳優の影の存在であるスタントマンという彼の職業と、彼の生き方は非常にマッチしている)。ネット時代となり、総表現者社会になったとも言える現代で、他者の眼差しを気にしすぎて疲れ果てている僕らは、彼に魅力を感じずにはいられない。

 

ブラット・ピットは何をしても様になっていた(55歳とは思えない!)。ヒッピーの女性たちの視線と悪態に晒されながらも、その前を悠々と歩いていくときの格好よさといったら! 『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』のレビューに、「物語がない」というコメントが何件かあったが、どこを見てたんだと言いたくなる。あのクリフの歩き様だけでも、濃厚で、多くのことが物語られていたじゃないか。

 

リックの心を慰め、(図らずも)シャロンを救うのは、他者の眼差しの呪縛とは無関係のところにいる唯一の人物であるクリフでしかあり得なかったのである。

 

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まあ、総合して何が言いたかったのかと言いますと、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』は最高の映画だったということです。この記事で触れたこと以外でも、楽しめるポイントが数多くありました。僕の近くの席で、シャロンのマネをして、前の空席の上に裸足を乗せている女の人がいましたが、それが気にならなくなるほど、夢中になって観ることができました。

 

カービィカフェに行ってきました!!の写真

夫婦ともに任天堂のゲームキャラクターが大好きで、その中でも「星のカービィ」は特にお気に入りです。東京スカイツリータウンソラマチにあるカービィカフェにいつか行きたいねと以前から夫婦で話していましたが、2歳と0歳6ヶ月の2人の息子を連れ、ついにこの夏行ってきました。

 

kirbycafe.jp

 

2歳息子はアンパンマン以外のキャラクターは無関心でしたが、カービィカフェに行く1週間前から、カービィのアニメを見せたり、スーパーファミコンの『星のカービィ スーパーデラックス』を一緒にプレイしたりして、なんとかカービィに愛着を持たせることに成功しました。

 

カービィカフェでの食事は、事前にネット予約をしないとできませんので、上の公式サイトから予約をしましょう。それでは、カービィカフェの写真を貼り貼りしていきます。

 

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店内の様子

 

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食べたもの

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カービィバーガーfor kids

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カービィバーガー&ミーパスタ温野菜のせ ※スーベニアプレート付き

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アートコレクションオレ ※スーベニアマグ&コースター付き

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カービィのなつやすみ ※カービィorワドルディのフェーブ付き とフルーティフォレスト ※スーベニアガラスジャー&コースター付き

 

ショップで購入したもの

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ぬいぐるみ

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手鏡

 

写真を見てわかるように散財しましたが、一切悔いなし!! 大満足!!!

 

めっちゃ楽しかったし、美味しかったし、かわいいカービィキャラクターたちに癒されてきました。夏の最後にいい思い出ができました。カービィカフェは期間限定営業でして、9月23日もって営業は終了です。カービィ好きは是非!


なんとなく、ビックリマンの話をしてみる。略して「なんクリ」。


 

今年の夏は絶好調だ。その理由はいくつか挙げられるけど、最大の理由は、長年苦しめられていた痔₁の症状が改善したことであると思ってる。

 

初めて痔になったのは高校2年のとき。私はパナソニック₂のMDウォークマン₃でバンプオブチキン₄などを聴きながら、自転車₅で通学していたが、痔の痛みでそれができなくなり、バス通学₆に切り替えた。ボラギノール₇などを使ってみたけど、あまり効果はなかった。病院の肛門科に行くしかないか……。しかし、肛門科であんな姿勢やこんな姿勢₈をさせられるかと思うと、恥ずかしくてなかなか足が向かず、そんなこんなで痛みとつきあいながら、結局12年が経過₉してしまった。

 

で、積年の放置のツケがまわってきたのか、この頃になって痛みが激しくなり、耐えられず、ついにこの夏、フリード₁₀に乗って、隣町の肛門科を訪ねた。診察前は緊張でチョベリバ₁₁な気分だったけど、診察の結果、症状もそれほど重くなく、手術も必要ないだろうと言われ、一安心。薬を処方してもらった。

 

その薬の効果で痔の痛みは激減。それだけで人生の幸福度が3割増しになった気分。……ということで最近絶好調なのだ。

 

痔の痛みを気にすることなく、夏休みは家族でいろんなところに行くことができた。先日は私の実家に帰った₁₂。実家だから服はなんでもいいやと思い、ファッションセンターしまむら₁₃で買った服を着て、実家にお邪魔した。

 

帰省の表向きの目的は、両親を幼い息子たちに会わせて喜ばせることだったけど、私たち夫婦の本当の目的は、メルカリ₁₄で販売できそうな私の昔のおもちゃを実家で物色することにあった。ところが、実家にはほぼなにもなかった。ポケモン₁₅の人形とかミニ四駆₁₆とかビーダマン₁₇とかハイパーヨーヨー₁₈とか少しはあるかと思っていたけど、母曰く、「ガラクタはみんな捨てた」そうな。残念。

 

唯一残っていたのは、ビックリマン2000₁₈のシールだった。保存状態はとってもよい。

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NOTES

1● 具体的に言うとイボ痔です。梅干しの種ぐらいイボが大きくなる人もいるそうです。

2●パナソニック 松下幸之助創業の大手電機メーカー。職場の冷蔵庫は最近までナショナルの古い冷蔵庫でしたが、ついこの前パナソニックの新型に買い換えられました。

3●MDウォークマン 2000年頃に全盛期を迎えましたが、ipodの登場により一気に駆逐されました。コンポで録音・編集して、マイベストMDをせっせと作っていましたね。マイベストMDを好きな女の子にプレゼントするやつもいました、イタタタタ……。

4●バンプオブチキン 日本のロックバンド。『天体観測』などが代表曲。CDにある隠しトラックが妙に好きです。

5●自転車 サドルは痔持ちの敵!

6●バス通学 神奈中バスで通っていました。神奈中バスはグッズが豊富です。 

7●ボラギノール 静止画のCMが有名。

8●あんな姿勢やこんな姿勢 あんな姿勢やこんな姿勢のこと。

9●12年が経過 12年の間に、三河屋のサブちゃん(19歳)、タイコさん(22歳)、サザエさん(24歳)、ノリスケさん(25歳)、マスオさん(28歳)の年齢を次々と追い越してしまいました。

10●フリード ホンダのミニバン型乗用車。2年前までボロボロの軽自動車に乗っていましたが、子供が生まれたこととスライドドアが決め手となり購入しました。車検高い。

11●チョベリバ 超ベリーバッドの略語。90年代後半の女子高生の流行語です。死語。

12●実家に帰った 帰ったといっても、実家は車で10分のところにあります。じいじ・ばあばの手助けなしに夫婦共働きで子供を育てるのはムリゲーです。

13●ファッションセンターしまむら ジャスコに代わる郊外の象徴的衣料品チェーンストア。結構掘り出し物があります。

14●メルカリ フリマアプリサービス。友人からは、ものを売るならヤフオクの方がいいとよく言われます。

15●ポケモン ポケットモンスターの略。英語圏では「Pocket Monster」が男性の陰茎を意味する隠語のため、海外では「POKEMON」で統一されています。

16●ミニ四駆 タミヤが販売している動力付き自動車プラモデル。私がはまったのは漫画『爆走兄弟レッツ&ゴー!!』に登場するフルカウルミニ四駆シリーズ。最も好きな車種は、ブロッケンGでした。肉抜きの改造は意味ないからやめましょう。

17●ビーダマン ビー玉を発射する二頭身の人形玩具。漫画『爆球連発!!スーパービーダマン』に登場するバトルフェニックスが大好きでした。締め打ちのしすぎで壊れてしまい、二台目のバトルフェニックスを買ったのがいい思い出です。

18●ハイパーヨーヨー 競技用ヨーヨー。私は不器用なのでロングスリーパーしかできませんでした。

19●ビックリマン2000 ロッテのシール付属ウエハース『ビックリマンチョコ』のシリーズのひとつ。1999年に第1弾が発売。

 

 

 

平成元年₂₀生まれの私はビックリマンの全盛期を知らない。私は全盛期後のビックリマン2000世代だ。ビックリマン2000は反後博士₂₁が関わっていないので、現在では少々ビックリマン黒歴史₂₂化しているシリーズだけど、当時小学4年生であった私は収集に夢中だった。シールの裏にある物語の断片を読むことで、全貌を現していない物語世界への想像をかき立てられた。周囲の友達もみんな集めていた₂₃ので、結構売れたシリーズだったんじゃないかな。

 

ビックリマン2000の収集というと、ある事件を思い出す。

 

収集していた当時のある朝、起床してリビングのテーブルを見ると、ぐしゃぐしゃになった私のビックリマンのシールのコレクションたちがそこに置いてあった。母は言った。「あんた昨日これズボンのポケットに入れっぱなしだったでしょ?」

 

その言葉で状況を即座に理解した。私はこの前日、ビックリマンシールをポケットに裸で入れたままのズボンを洗濯機₂₄に投入してしまっていたのだ。じゃぶじゃぶと洗濯されたシールたち……。私は無残な姿へと変わり果てたシールたちを前にし、泣いた。

 

母は私の惨めで情けない姿を哀れと思ったのか、「これで買えるだけビックリマンを買ってきな」と言い、1000円札₂₅をくれた。私はべそをかきながら、1000円札を握りしめ、近所のセブンイレブン₂₆に向かったのをよく覚えている。

 

ところが私は飽き性であり、ビックリマン2000への収集熱は1年足らずで消え去ってしまった。

 

 

NOTES

20●平成元年 西暦でいうと、1989年。明治、大正、昭和、平成、令和生まれが一緒に生きている時代に、生まれ年を西暦でなく、元号で伝えるのは少々不親切かもしれません。

21●反後博士 反後四郎氏のこと。ビックリマンシリーズの生みの親。

22●黒歴史 無かったことにしたい恥ずかしい過去、消し去りたい記憶や思い出のこと。用例「男の担任の先生を『お母さん』と呼んでしまったのは、僕の黒歴史だ」

23●みんな集めていた 先生にばれないように小学校に持ってきて、だぶったシールを交換したりしました。ゲームボーイのカセットのケースの中がシールをいちばんきれいに保存できると賢い友人に教えてもらいました。そういえば、ビックリマンチョコを買っても、シールだけ取って、ウエハースをフリスビーのように投げ捨てるやつもいましたよね。ひどい。

24●洗濯機 ケンタッキーと同じ韻でセンタッキーと読んでしまいます。

25●1000円札 当時の肖像は夏目漱石

26●セブンイレブン オーナーへの24時間営業の強要、セブンペイの不正利用など問題が相次いでいますが、相変わらずコンビニ業界1位。さけといくらの大きなおにぎりがおいしい。

 

 

 

結婚して気づいたが、妻₂₇はビックリマンの新シリーズが出るたびにビックリマンチョコをちょくちょく購入している。最近、裏ビックリマン₂₈という新シリーズが発売されたのだけど、妻はなんとそれを箱買いしてきた。大人買い₂₉だ。ビックリマンを箱買いするのは私の子供の頃の夢だった。

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私も昔の収集への熱情がよみがえってきて、コンプリートに協力したくなり、毎日必死にウエハースを食べている。まあこれも一時的な熱情で、今までの趣味と同様、すぐ飽きちゃうんだろうなあ。

 

結局、私は”なんとなくの気分”で生きているらしい。

そんな退廃的で、主体性のない生き方なんて、けしからん、と言われてしまいそうだけれど、平成元年に生まれた、この私は、”気分”が行動のメジャーになってしまっている。₃₀

 

 

NOTES

27● こわい。

28●ビックリマン ビックリマンのキャラクター達が様々なテーマで真逆化!! ビックリマン史上最大ギャップで誕生!」(公式ホームページより)

29●大人買い 食玩など子供向けの商品を、大人が財力で一度に大量に買うこと。

30●結局、私は~なってしまっている。 田中康夫『なんとなく、クリスタル』から引用。「平成元年」は引用元では「昭和三十四年」。


 

ビックリマンシール完全大百科 増補版

ビックリマンシール完全大百科 増補版

 

  

 

 

イリイチの思想ー『脱学校の社会』を読んで

 

社会思想家であるイヴァン・イリイチの『脱学校の社会』を読んだ。

 

脱学校の社会 (現代社会科学叢書)

脱学校の社会 (現代社会科学叢書)

 

 

彼はその中で以下のように語っている。

誰もが学校の外で、いかに生きるべきかを学習する。われわれは教師の介入なしに、話すこと、考えること、愛すること、感じること、遊ぶこと、呪うこと、政治にかかわること、および働くことを学習するのである。

 

私たちは日常生活および社会生活を生きていく力を学校を通じて学習できることを“信じて”、国から与えられた教育を享受してきた。産業社会の生み出したこの教育の形の中で長いこと生きてきた人々は、その形の在り方を外側から問い直すことをあまり行ってこなかった。イリイチはこの現代の教育制度に懐疑を抱き、ただ受容するだけの教育を批判し、人々が自律的に学習に取り組んでいく教育の在り方への変容を望んだ。

 

このイリイチの思想はただのユートピアではなく、改革が叫ばれる現在の日本の教育にとっても、大きな参考となる思想であろう。

 

 

 

現代社会の象徴である産業化は、教育だけではなく、医療、仕事、文字などさまざまなものを“制度化”した。この制度化は人々をそれに従属させ、自律性を奪ってしまったのである。私たちはこの制度を一度離れれば生きることが困難になってしまうほど、それに依存している。産業化による制度化は、教育を、自身で学習する力を奪う学校化を意味させることとなった。

 

イリイチは「隠されたカリキュラム」という言葉で、この現代の学校の問題の本質を指摘している。私たちは専門的に教授されて知識が経済的な価値を持つと信じ、学習することはすべての授業に出席することだと信じ、成績上位の学校を卒業すれば社会的にも高い地位や待遇を得られると信じている。僕は大学時代、教員となるため、文科省教育委員会が定めた教職に関する授業に参加し単位を取得していた。教員免許を取得すれば、制度的にはそれだけの能力があると認められることとなり、自身でもそれだけの能力を自分は持っていると考えるようになるだろう。

 

しかし、これは本当に自身のための学習となっているのだろうか。「隠されたカリキュラム」は、私たちに教授と学習を同一視させ、進級を教育と混同させ、資格免状を能力の証であると信じ込ませるのである。

 

フリーターやニート、就職先とのミスマッチによる早期退職が社会問題化しているのも、この学校化への依存が要因となっている部分が大きいのかもしれない。自身の中学生や高校生の頃のことを思い出すと、将来や人生に対して深い考えを持っていなかった。そういう学生は少なくないはずである。ただ段階的に学校での学習を続けていけば、将来的には社会での一定の地位や生活を得られるはずだとどこかで信じていたのである。

 

しかし、それでは本当の学習とは言えず、自分で自ら学び、自ら考え、主体的に判断・行動していく「生きる力」を身につけていけるはずもないだろう。「生きる力」を生徒に身につけさせることは、いわば、学校化への依存を小さくしていくことだと僕は考える。生徒の「生きる力」を育んでいくためには、教師自らが「生きる力」を身につけていなくてはならないだろう。そのためにも教師は、「隠されたカリキュラム」のような学校教育の矛盾に対し、自分自身の深い考えを持っておくことが大切なのである。

 

 

 

イリイチは「脱学校論」を唱えたが、無批判的に学校を廃止することには反対している。学習や知識の基本概念、個人の自由と学習知識の関係などを変えることを提唱したのである。

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イヴァン・イリイチ

彼は自主的な学習機会を保障する四つの試みを提唱している。

 

第一は、教育的対象に対する関連サービス。誰もがいついかなるときでも学習しようと思えば、学習の機会を保障し、かつ学習に必要な手段や教材を利用可能とすることである。

 

第二は、技能交換。自分の知り得た知識や技能を他の人々に教授することを希望する人、そして、その知識や技能を学ぶことを希望する学習者の出会いを保障することである。

 

第三は、仲間同士の出会い。公衆に問題提議をしようと望む人、あるいは学習の仲間作りを希望する人に対して、そのための機会を保障することである。

 

第四は、大きな範囲で教育者を提供するサービス。すべての教育者は自らの情報を公開し、学習者のアクセスを容易にして、選択可能なようにすることである。

 

つまり、イリイチは学校以外の学習のネットワークづくり、共同体づくりを目指したのである。これはとても魅力的な提唱であり、これが実現されれば、学習者は自らの意思で自律的で積極的な学習を行っていけるだろう(学習意欲のある者とない者に大きな格差が生まれてしまう懸念もあるが)。


イリイチの理想とする学習の在り方に、今すぐ現在の教育を切り替えてしまうことは現実的に不可能であろう。学校教育の利点も多くあるであろうし、イリイチの思想の実現が、学習の在り方として本当に正しいのかどうか僕にはわからない。しかし、変化が常態化する現代社会を生き抜く力を子供たちに身につけさせるためには、学習のネットワークづくりというイリイチの考え方を上手に学校教育に取り組んでいくことが望まれる。

 

 

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イリイチの思想は、教育者に学校とは? 自律的な学習とは? といった問いを持たせる。答えの出ない問いではあるが、このような問いについて深く考えることが柔軟な思考を生み、教育の幅を広げることにつながるんじゃないかな。

物語文学の発展と「もののあわれ」の話

 

夏になってから、角田光代訳の「源氏物語」を、原文と照らし合わせながら読み進めている。

 

 

学生のときにはよく分からなかった「もののあわれ」の感覚が、30歳手前にしてようやく分かってきた気がする。「もののあわれ」とは本居宣長が提唱した理念で、折に触れ、五感が触発されて生じる、しみじみとした情緒や哀愁のことをいう。近頃、日本の文学を読むと僕は、その作品に内在する「もののあわれ」を自然と感じ取ってしまい、心動かされずにはいられないのだ‥‥とか言ってみたり。

 

本居宣長は、この「もののあわれ」の頂点が、物語文学の最高傑作「源氏物語」であると規定した。

 

 

 

物語文学は、「古事記」に代表される叙事文学と、「万葉集」に代表される抒情詩の二つの流れを汲んで生まれた。物語文学の嚆矢は、九世紀後半頃に成立されたとされる伝奇物語の「竹取物語」である。後に成立する「源氏物語」に、「物語の出で来はじめの親なる竹取の翁」と書かれていることからもわかるように、平安中期から長く物語の祖として認知されてきた。

 

 

同じ伝奇物語として「宇津保物語」などがあり、「竹取物語」同様空想的な要素を多く含み、抒情性には乏しい。伝奇物語は神秘的なものへのこの時代の人々の憧憬を強く感じさせる。

 

叙事性の強い伝奇物語に対して、和歌の持つ抒情性を強力な要素として巧みに取り入れたのが、「伊勢物語」に代表される歌物語である。「大和物語」「平仲物語」なども歌物語に分類され、短い地の文に数種の歌を加えて一段を形成するのがその特徴である。実話性のある物語の存在が、和歌の持つ抒情性の美しさをより際立たせる。「伊勢物語」では、恋愛を繰り返されしながら盛んに見事な和歌を詠む“昔男”の人間性が魅力である。現代の読み手であっても、その人間性に親近感を覚えてしまう。

 

これらの伝奇物語や歌物語の持つ美を総合し昇華したものとして現れたのが、古典文学の最高傑作といわれる「源氏物語」である。十一世紀初頭に紫式部によって書かれた。類稀なる美貌と才能に恵まれた貴族、光源氏のさまざまな女性との恋愛を中心として物語は展開される。その強固な構成を背景として、叙事性、抒情性、観照性、写実性などさまざまな特性を紫式部は結実させている。平安遷都から二百年を経て円熟した貴族文化と、そこで形成された日本人の心を自由に表現できるかな文字が、一人の女性にこの物語を書かせることになった。

 

源氏物語」全編の底流をなす美意識が、「もののあはれ」である。移りゆくものに即して現れる、しみじみとした深く広い無限の感情が登場人物たちや、作り手の姿勢から感じ取ることができる。そして、その美意識が私たち読み手の心を打つのである。「源氏物語」は物語文学のひとつの話型、ひとつの美を完成させてしまったと言っていいだろう。写実性の強さが特徴である小説物語にこの「源氏物語」、さらには「落窪物語」「堤中納言日記」などが分類される。

 

 

 

源氏物語」以後の物語文学のほとんどに、その影響が伺える。「更級日記」の内容を見ると、その作り手である菅原孝標の女が「源氏物語」に大きく傾倒していたことがわかる。彼女が書いたとされる「夜半の寝覚」に、こんな一文がある。

 

ただ我に成てみるだに涙とどめがたかく、心ふかく、書きつくせ給ひて

 

ここで使われている「心ふかく」は“考えが深い”という意味ではなく、“情が深い”という意味で使われており、「源氏物語」の“あはれ”に通じるものを感じることができるのである。しかし、「源氏物語」以後の物語文学はその美意識を受け継いではいたものの、それほど大きな発展はなかった。

 

時代が中世へと移っていくにつれ物語は、事実性の尊重に主眼を置いた物語と、退廃的な浪漫趣味をもつ物語のふたつに分かれていった。前者は「栄華物語」や「大鏡」などのような歴史物語、「平家物語」や「太平記」などのような戦記物語であり、後者は「住吉物語」や「今とりかえばや」などのような懐古物語である。歴史物語や戦記物語は実録性や叙事性が顕著で、力強さがある。懐古物語は前代の物語文学の模倣に過ぎず、エネルギッシュさに欠けると言わざるを得ないだろう。

 

 

平家物語」では、平家一門の栄華から没落へと向かう“あわれ”が強調して描かれている。その“あわれ”の底に流れる仏教的な無常観は日本人の美意識の特徴のひとつとして現在でも認識されているのである。この美意識も「源氏物語」の「もののあはれ」の延長線上にあると考えてよいだろう。

 

 

 

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紫式部さん

作品にいちいち感動したり涙しやすくなったのは、「もののあわれ」が理解できるようになったわけでなく、単に大人になって共感力が上がっただけという可能性も考えられます。

『破戒』の話ー「公」と「私」の葛藤から見えてくる「近代」について

 

「近代」とは、目覚めた「私」を押さえつける封建的な「公」との格闘の時代である。文学はこの時代をどのように見つめたのであろうか。島崎藤村の小説『破戒』を通して、「公」と「私」の葛藤から見えてくる「近代」について考えてみたい。

 

破戒 (新潮文庫)

破戒 (新潮文庫)

 

 

 


幕藩体制の時代が終わり、天皇親政体制への転換を図った日本は、西洋的な近代国民国家への道を押し進んだ。明治の歴史を概観すればわかるように、その近代化の勢いは凄まじいものである。日清・日露戦争の勝利によって世界の一等国の仲間入りを一応果たした日本は、その近代化を成功させたといえるだろう。

 

しかし、たった40年ほどでは、近代化できていたのはあくまで表面的なものであり、前近代を象徴づける封建的なものは日本人の精神に根強く残っていた。西洋の文化を積極的に取り入れる明治の改革は、個人に近代的な「私」を自覚させたが、人々の生活にこびりつく前近代的なものは、そう簡単には拭えるものではなかったのである。明治39年に発表された小説『破戒』は、被差別部落民である瀬川丑松という青年の目線から、その矛盾を糾弾している。

 

明治4年の解放令によって、制度的には部落民という階級はなくなっていたが、小説の中での“賤民”“新平民”という呼び方でもわかるように、部落民への社会的な偏見、差別はまだまだ根強かった。その差別に不安と恐怖を抱く小学校教員の丑松にとって、父の「素性を隠せ」という戒めを守ることは、生きる道であった。しかし、部落民から身を起こした社会思想家であり運動家である猪子蓮太郎を敬愛する丑松は、素性を隠すことへの後ろめたさを感じ、苦悩する。

 

蓮太郎の死をきっかけに、遂に丑松は父の戒めを破り、自身の生徒を前に「私は穢多です」と告白するのであった。

 

 

3

 

不合理が渦巻く新たなる時代に、目覚めた「私」をどのように位置づけるかが“近代人”の課題であったであろう。封建的な旧家の大家族の末弟である藤村は自身と丑松を重ねたのではないか。藤村は外からの圧迫との戦い、自我との内心の戦いを、この小説を書くことによって行ったという見方ができる。

 

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島崎藤村

「個の尊重」という価値観が時代の主流になりつつあったが、部落出身で、しかも遅れた農村部で生活する丑松がその流れに乗ることは大きな勇気が必要であったのである。前近代の封建的なものを残す「公」に向かって、部落民という「私」をさらけ出すことは、社会からはじき出される危険性を伴っていた。この部落民の苦悩を中心に、教育界、宗教界、政界などのさまざまな不合理を小説の中で炙り出すことによって、藤村は見事に「近代」を表したのである。


前近代との戦いが「近代」を生み出すとすれば、「我は穢多なり」と公言し、社会の不合理との戦う運動を続ける蓮太郎はまさしく“近代人”であるといえるだろう。ここで、主人公の丑松は本当の意味での“近代人”であったのかという疑問が起こる。一応自身の生徒の目の前で素性の告白をするが、涙ながらに「不浄な人間です」と自分を貶め、その告白後いかに社会と戦っていくかの具体的な行動は描かれておらず、最後はアメリカのテキサスへと移民してしまう。これは社会小説ではなく、ただの告白小説ではないかという見方もできてしまうのである。

 

しかし、その時代の強烈な差別意識を考えれば、自身の矛盾に“誠実”に向き合うこと自体が、それだけで大きな戦いであったと僕は考える。蓮太郎のような例はまだまだ特別な時代であり、普通の部落民である丑松の、同族のために実際に行動を起こす過程まで描いてしまえば、リアリズムから乖離してしまい、読者の大きな関心、共感を得ることができなかったのではないか。蓮太郎のように大勢の人々を感化させるには至らないが、丑松の誠実さは、同じく辛い境遇にあるお志保の心と、部落民差別意識を持っていた銀之助の心を動かした。

 

『破戒』の読者は、丑松の苦痛に同情し、いわれのない差別をする社会に強い怒りを覚えたことであろう。丑松の「私」の葛藤は、確かに“近代人”としての戦いだったのである。

 

 


『破戒』だけでなく、この時代の代表的な文学作品を見渡すと、近代が多様な形で表現されていることがわかる。文字メディアが教養と娯楽の中心であったこの時代、その文学作品の思想が人々に及ぼす影響はとても大きなものであったはずだ。この『破戒』が(藤村の意図がどうであったかは別として)、後の全国水平社による部落解放運動に少なからず影響を与えたことは否定できないであろう。

 

急速に変化する時代の先を見つめ、「私」をどこまでも探求していく姿勢が近代小説の特徴でもある。その「私」を探求する際に障害となる封建的な前近代に立ち向かい、新たな価値観を創造しようとする戦いが、「近代」を生み出したのである。

三国町を散策した話など


 

gorone89.hatenablog.com

 

上の記事の続き。妻の実家がある福井県坂井市三国町に帰省しました。初日は近所の海女さんから安くいただいたサザエを大量に食べました。

 

妻の亡くなった祖母も海女さんだったそうです。妻は少女時代、祖母が獲ってきたサザエやウニをバクバク食べいてたと言っていました。妻の実家にはウニ割り機があって、妻曰く「ウニは割りたてがいちばん旨い」だそうです。ウニなぞ滅多に口にできなかった僕にとっては考えられない世界です。

 

2日目は三国町を散策などしたので、上の記事に引き続き、そのときの写真を貼り貼りします。

 

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これは安島にある、かもめクラブ。妻と朝、ここでコーヒーを飲みました。

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三国駅ホーム

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えちぜん鉄道

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旧森田銀行本店

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旧森田銀行本店の天井

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旧森田銀行で現在展示中の作品

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旧岸名家

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三国バーガーで有名な三国湊座

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三国湊座店内

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同じく三国湊座店内

 上はよく読むと、三国町に一時期住んでいた三好達治の詩「山みな白し」であると気付きました。以下は詩の内容。

 

 山みな白し
 歳寒うして万物新しき朝にあり
 長江遠く霽(は)れ
 扁舟(へんしゅう)のよぎるを見ず

 われ越に客となり
 心ながく怡(たの)しまず

 夫なき母
 父なき児
 家庭なき寄寓者
 衣手薄き者村落に充てり

 急霰声ありてよぎり過ぎ
 天日また明らかなれども
 憂愁もかくはしばしば徂徠(そらい)するかな

 胸懐人につぐべからず
 わづかに春花の図をかかげて
 屋後に啼鳥を聴く   

 

三好達治三国町の春の感慨をうたった詩だそうです。

 

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手作り感あふれるメニュー表

 

 

そういえば実際の三国バーガーの写真を撮るのを忘れました。ラッキョウが入っていて驚きましたが、他の具材とマッチしていて、非常に美味しかったです。

 

今回の帰省も満喫しました。妻の実家に行くのは6回目でおおよそ周辺の地理もつかめてきました。

 

今日は僕の実家に帰ります。お盆終わって欲しくないなあ。