ゴロネ読書退屈日記

ゴロネ(平成元年生まれ)。読書ブログを目指している雑記ブログ。息子ハルタとじゃれ合うことが趣味。

一歳の息子の熱性けいれんに慌てた話

 

金曜日の午前中、「ハルタの熱が下がらない。病院に連れていきたいから、早めに帰ってきて」と妻から連絡があった。その前日の夜から一歳の息子は38度以上の熱を出していた。

 

僕は職場を定時に出た。積みあがった仕事は土日に処理すればいい。僕はもう自分の人生の主人公の座からとっくに降りた。息子より優先するものは何もない。

 

かかりつけの病院に息子を連れて行くと、普通の発熱と診断され、お薬をもらった。家に帰ると息子はつらいのかすぐに寝ころんだ。「はあはあ」と息遣いが荒く、深く眠れないようで、たまに泣いたりして、苦しそうであった。

 

そのうち、息子のほうから少し大きめの「ちゅぱちゅぱ」という音が聞こえてきた。息子は眠るときは指をしゃぶるので、いつもその音はかすかに聞こえている。しかし、いつもの睡眠中と違って、そのときの「ちゅぱちゅぱ」の音はやけに大きかった。

 

様子を見ると、口から大量の唾液が出ていた。そして息子の体が変な動きを始めた。……けいれんしている!

 

そのうち、白目をむき、顔が真っ青になった。かなり焦った。背中をさすって、名前を呼んだが、反応はない。

 

「これ、熱性けいれんだよ」と妻も慌てた様子で言った。「なんだそれ?」こんなの初めてである。

 

1分くらい経つが、息子のけいれんはとまらない。「救急車呼ぶ?」と妻。「……うん、呼ぼう」救急車を呼ぶべき事態か判断がつかなかったが、呼ばずに後悔するより、呼んで反省するほうがマシである。

 

さらに1分ほど名前を呼びかけると、やっとけいれんが止まった。そして、息子は大声で泣き始めた。「あ、生き返った」

 

そして救急隊の方がやってきて、救急車で運ばれる間、息子は大声で泣き続けた。熱に浮かされ、「バイチーン!!バイチーン!!」と叫んでいた。

 

「バイチーン」とは、息子が大好きなバイキンマンのことである。息子にとって、自分を窮地から救ってくれるヒーローは、アンパンマンではなく、どういうわけかバイキンマンなのであった。

 

 

 

病院でもハルタは力の限り泣き続けた。しばらくの間のけいれんを防ぐ座薬をお医者さんに入れてもらい、その副作用で眠気がやってきたようで、泣き声はやみ、深い寝息を立て始めた。安らかな寝顔である。

 

熱性けいれんは幼児期に起こりやすいらしく、日本人の10人に1人が幼児期に高熱を出したときにこのけいれんを起こすそうだ。けいれんの発作自体が生命にかかわることは、まずないということを知った。

 

「よく熱性けいれんだって知ってたね」と僕は妻に言った。

 

「いや、熱性けいれんの特徴を詳しく知ってるわけではないよ。言葉だけ知ってた。けいれんについては大学のときに研究してたから。てんかんの遺伝子を持ったネズミを繁殖させて、それに興奮剤みたいの打って、てんかん起こさせて、そのけいれんを観察してた」 

 

「ひどいことするね」しかしながら、そのような研究によって医療の進歩は支えられているのである。

 

座薬を入れて、効果が効き始める2時間が経ったので、お医者さんにお礼を言い、息子を抱えて自宅に帰った。

 

あれから数日経ったが、熱は引き、息子はすっかり元気を取り戻した。日曜日の夜は、『西郷どん』のOP曲を聴いて、おしりを振りながらニコニコして踊っていた。

 

 

 

―ええ、そうですね、情けない話ですが、息子がけいれんしているときはかなり動揺しました。あのような症状を見たのは初めてだったので。後々ネットで熱性けいれんのことを調べてみると、救急車を呼ぶほどの状況ではなったかもしれないと思いました。救急車の無駄な出動が問題になってますし。

ただ、あのときは本当に焦りに焦って、息子が息苦しそうにしている様子に見えたので、「もしかしてこのまま死んじゃうかも」ということが頭によぎり、怖くなったのです。けいれんが収まり、命にかかわるものではないと知ったときは、妻には内緒ですが、ほっとして泣きそうでした。子供のなりやすい病気についてちゃんと知っとこうと思う、よい機会になりました。

妻と「みくに龍翔館」に行った話


 

福井県坂井市三国町にある妻の実家に来て2日目。

 

三国の歴史や文化のお勉強がしたくなり、義母らに息子を預け、妻と二人で地元の博物館、「みくに龍翔館」を訪れた。三国駅から歩いて10分くらいのところにある。

 

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この異彩なデザインの建物が「みくに龍翔館」。明治時代に三国を訪れたオランダ人土木技師、G.Aエッセルがデザインした龍翔小学校の外観を充実に再現して建てられたそうだ。妻は中高生のころ、校外学習で何度もここを訪れたと言っていた。

 

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建物に入るとすぐに、江戸時代、日本海の交易に活躍した北前船(実際の5分の1サイズ)が展示されていた。三国湊はこの北前船による交易により、かつて大きく繁栄した。

 

江戸時代、北前船を造るには、約1000両という莫大な資金が必要だったそうだ。しかしながら、その造船資金はたった1年の交易で取り戻せたらしい。もうかりますね。

 

 

 

3階から三国の町が展望できた。ちょっとわかりにくいが、奥の川は九頭竜川

 

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三国祭りの山車も展示されていた。明治時代の山車を復元したものなんだって。でかい。

 

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「三国と近代文学」のコーナーもあった。詩人三好達治は一時期、この三国に居を構えていたそうだ。知らなかったなあ。

 

 

 

三好達治詩集 (新潮文庫)

三好達治詩集 (新潮文庫)

 

 

太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪降りつむ。

次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪降りつむ。

 

 

 

「みくに龍翔館」から出ると、三国の町をぶらぶらと妻と歩いた。そういえば、妻とこういう風に二人きりになるのはかなり久しぶりである。いつもは息子が一緒にいるからね。

 

手をつないで歩きながら、三国で過ごした妻の青春時代の話を聞いた。初めて聞いた話が多く、けっこう面白い。と思ったのと同時に、妻のことをまだまだよく知らなかったんだなと気づいた。

 

付き合って1年もせずに結婚し、現在結婚3年目。まあお互いまだ知らないことがあって当然か。

 

育った土地、環境もかなり違う僕らの人生は、あるとき思いがけず関係を持ち、互いの人生を共有するようになった。この縁が出来上がるに至るには、いくつもの偶然の積み重ねが必要である。その偶然が一つでも欠けていたとしたら、僕らはいつまでも見知らぬ二人のまま……であった。

 

 

 

二人でアイスを食べながら、三国駅で帰りのバスを待った。やってきた、えちぜん鉄道をぱしゃり。

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今回の妻の実家への帰省もかなり満喫したのでした。

 

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福井でカニをたらふく食べた話

 

昔から旅行のときには必ず本を携えることにしている。大抵移動中に読むのであるが、旅情と相まって、その読書体験は記憶に残りやすい。

 

先日の福井旅行に持って行ったのは、『存在の耐えられない軽さ』(ミラン・クンデラ)である。

 

存在の耐えられない軽さ (集英社文庫)

存在の耐えられない軽さ (集英社文庫)

 

 

しかし、連休であったので駅や新幹線や特急は激こみギュウギュウ丸であり、一歳の息子・ハルタは常に落ち着きがなく、移動中に読書する余裕などなかった。移動中、僕はハルタを膝の上に乗せるか、抱っこをしていた。もう体重は十キロを超えている。さすがに軽くはなくなってきた。

 

 そこでわれわれは何を選ぶべきであろうか? 重さか、あるいは、軽さか?

 この問題を提出したのは西暦前六世紀のパルメニデース(前五〇〇頃ー?ギリシアの哲学者)である。彼は全世界が二つの極に二分されていると見た。光ー闇、細かさー粗さ、暖かさー寒さ、存在ー非存在。この対立の一方の極はパルメデニースにとって肯定的なものであり(光、細かさ、暖かさ、存在)、一方は否定的なものである。このように肯定と否定の極へ分けることはわれわれには子供っぽいくらい容易に見える。ただ一つの場合を除いて。軽さと重さでは、どちらが肯定的なのであろうか? 

 パルメデニースは答えた。軽さが肯定的で、重さが否定的だと。

 正しいかどうか? それが問題だ。確かなことはただ一つ、重さー軽さという対立はあらゆる対立の中でもっともミステリアスで、もっとも多義的だということである。

(『存在の耐えられない軽さ』)

 

 

 

昼過ぎに、坂井市三国町にある妻の実家に到着した。前回の帰省(下の記事)から約半年ぶりである。僕が妻の実家に来たのはこれで5回目。義父も義母も成長した孫を見て喜んでいた。

 

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夜、ハルタを寝かしつけると、妻と二人でテレビを見ながら、僕らと同じく関東に住んでいる妻の妹さんの帰省を待っていた。テレビに、福井の地方CMが流れていたが、これが結構面白い。

 

特に福井の学習塾、今西数英教室のCMが心打たれた。YouTubeを検索したら、ちゃんとアップされてた。

 

 

www.youtube.com

 

「勉強なんて所詮、誰かの壮大なロマンだ」

 

 

 

2日目の朝、お坊さんがやってきた。妻の祖父の三回忌である。

 

お坊さんがお経を読んでいる間、ハルタはお坊さんをのぞき込んだり、仏壇開け閉めしようとするので、何度も捕まえに行かなければならなかった。

 

三回忌が終わると、僕はひとりで外に散歩に出た。外に出る前に妻の妹さんが、「近くで伝説のポケモンが出るよ」と教えてくれたが、僕はとっくにポケモンGOをやめている。

 

自分の見知らぬ土地を歩き回るのはとても好き。そのうち、「ナホトカ号漂着の碑」にたどり着いた。

 

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平成9年に、ロシア船籍タンカー「ナホトカ号」が日本海で沈没し、三国の海は重油に覆われた。地元の住民と全国から駆け付けたボランティアの方の必死の重油回収作業により、三国の海は美しさを取り戻した。

 

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海を眺めていると、妻から「外にお昼を食べにいこうよ」と電話。

 

 

 

お昼は近所の食事処でいただいた。

 

お刺身などもおいしかったが、何よりカニがおいしかった。身が引き締まっている。今が最も越前ガニの獲れる時期だそうで、地元ではカニフェスティバルなるものが開催されているらしい。(まじ行きたい)

 

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身をほじくって(?)食べた。食べている間、みな無口になった。

 

〆は、カニ飯である。カニの身がふんだんにご飯の上に盛り付けられており、これをかき混ぜて食べる。

 

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「うまい……!」もうこれ以上の味の表現はできない。

 

量もかなりあり、これまで様々な海の料理を食べておなかが膨れていたので、妻の一家もみんな食べきれないようであった。残してしまったカニ飯は持ち帰り(ここら辺のお食事処の料理はお持ち帰りが前提らしい。ほんとか?)、夜にまた食べた。

 

というわけで、カニを満喫したのでした。自慢です。

 

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『菜の花の沖』(司馬遼太郎)の話

 

 

菜の花の沖 全6巻 完結セット(文春文庫)

菜の花の沖 全6巻 完結セット(文春文庫)

 

 

江戸後期、淡路島の貧しい家に生まれた高田屋嘉兵衛は、悲惨な境遇から海の男として身を起こし、ついには北辺の蝦夷・千島の海で活躍する偉大な商人に成長してゆく。沸騰する商品経済を内包しつつもかたくなに国をとざし続ける日本と、南下する大国ロシアとのはざまで数奇な運命を生き抜いた快男児の生涯を雄大な構想で描いた名作! 

 

この小説も他の司馬作品同様、わくわくしながら読んだ。読んでいて持った一番の感想は、寄り道が多い!ということだ。どの司馬作品も本筋から脱線することが多いが、この作品は特にそれが多く感じた。高田屋嘉兵衛本人の人物描写よりも、彼を取り囲む環境、日本の社会や世界情勢ばかり語られている気がしないでもない。

 

ところが、この寄り道が実に面白い。特に「下らない」の話は、誰かに話したくなる。当時の江戸は生産性が低く、上方から来る“貴重な”商品を「下り物」と呼んでいた。それが、「下らない(=取るに足らない)」いう言葉の由来だというお話。

 

このような「歴史雑学」がふんだんに盛り込まれているのである。詳細に背景が語られているからこそ、そこに生きる人がよりリアルに感じられ、彼らの物語は輝きを帯びるのであろう。そして、私たちが生きる歴史の線の上に、彼らもちゃんと立っていたということが実感できるのである。

 

 

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僕は高田屋嘉兵衛から「不器用」な男という印象を受けた。

 

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高田屋嘉兵衛さん

この器用さというのは、世間を渡っていく上での器用さだ。嘉兵衛は自分の目的に突き進んでいくが、あまり“工夫”というものが見られない。

 

竜馬がゆく』の坂本竜馬は違った。竜馬は自身の目的達成を確実にするため、得意の話術と人懐っこさを駆使して、人々を惹きつけ、うねりを創っていった。八方美人で、かなり器用な男だったといえるだろう。

 

対して、嘉兵衛はあまりおしゃべりが得意ではないし、愛嬌も足りない。人に悪印象を与えることさえある。

 

彼が人を惹きつけるときは、その肉体の動きによって惹きつける。彼の船頭としての技術、能力に魅せられ、人々は集まってくるのだ。

 

嘉兵衛と竜馬、この二人には共通点もある。どちらも現実主義であり、私利私欲のためには動かないところである。自由な商いを目指す嘉兵衛にとって、この時代の封建社会は息苦しかったであろう。何をするにも、階級というものを意識しなければならない。個人の能力だけでは変えることのできないことが、あまりに多すぎる。

 

だからこそ嘉兵衛は、日本人がまだ把握していなく、階級のしがらみが少ない、蝦夷地という未開の地に魅力を感じたのかもしれない。誰も航海したことのない海、誰も足を踏み入れたことのない土地に行くというのは、相当な強心臓の持ち主でなければなせることではないだろう。

 

嘉兵衛の果てしない冒険心には強い憧れを抱いてしまう。

 

 

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ドストエフスキーの『悪霊』を読み終えたばかりなので、ロシアへの関心がここんところ強くある。『悪霊』の登場人物は感情の触れ幅があまりに大きかったので、ロシア人は皆ああなのかと思っていたが、少なくとも、この『菜の花の沖』に出てくるロシア人たちは違っていた。それほど感情に左右される人々でもない。

 

ただ、レザノフだけは、なんとなくドストエフスキー的な匂いがしてくる。船員たちに指示を出すが、ことごとく無視され続け、「私は日本に行くことをやめる」と駄々をこね始めるところなど面白い。

 

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レザノフさん

 

レザノフやラクスマン、ゴローウニンなどは、高校の日本史で触れはしたが、名前以上のことは知ることのできなかった人物たちだ。この小説により彼らの人間味を知り、親しみが湧いたのである。彼らの目に日本はどのように映ったのであろうか……。とにかく、日本とロシアの北方領土を巡る争いは、この時代から続いてきたのだと改めて学ぶことができ、北方領土問題への関心が高まった。

 

 

 

菜の花の沖』を読むと、「文化の衝突」が生み出すものについて、つい考えてしまう。

 

国とは単に地図上に線を引っ張って出来上がったものではない。人々の様々なドラマの歴史があり、今の世界は形作られてきた。この形はこれからも、変化を続けていくことだろう。そのたびに起こる文化の衝突は避けることはできない。

 

そのとき武器になるのが「歴史」である。歴史を知ることで自分の文化的立ち位置が分かるし、相手のことを理解しようとする姿勢が生まれる。歴史を学ぶことは、現在を知ることに直結するのである。

 

司馬史観に対しては批判もあるが、やっぱり司馬作品は抜群に面白い。歴史に関心を持つための取っ掛かりとして、まず司馬遼太郎の小説を僕はおすすめしたいです。

『悪霊』(ドストエフスキー)の話

 

モスクワに行けば、腹もすくわ

 

 

 

悪霊〈上〉 (岩波文庫)

悪霊〈上〉 (岩波文庫)

 

この作品においてドストエーフスキイは人間の魂を徹底的に悪と反逆と破壊の角度から検討し解剖しつくした。聖書のルカ伝に出てくる、悪霊にとりつかれて湖に飛びこみ溺死したという豚の群れさながらに、無政府主義無神論に走り秘密結社を組織した青年たちは、革命を企てながらみずからを滅ぼしてゆく…


『悪霊』はとても精密にできた群集劇だと言える。登場人物の一人一人が、丁寧に描写されており、リアルに感じられる。

 

そんな彼らの感情、またはそれに基づいた行動を読み手に説明してくれる存在が「わたし」(G)である。「わたし」の視点は物語中で何度も変化をする。ある場面では一人称、またある場面では三人称というように。このような語りの構造は、彼の自己の体験と、後に彼が取材して得た話を両立させていることが可能としている。

 

「わたし」は物語の中で次々と起こる事件にはあまり深くは関わってはおらず、重要人物とはいえないだろう。ピョートルには名前すら覚えてもらえない存在である。

 

注意をしてこの小説を読んでいると、彼には知りえるはずもない出来事を、彼が語っている箇所がいくつかあることに気づく。彼の視点はたまに、「神の視点」にも変化するのである。このような“実体の薄い”「わたし」に物語を語らせることによって、物語に、実際にあったかのような真実味を与えることに成功しているのではないだろうか。

 

 

 

さて、様々な登場人物の中で僕が最も魅力的に感じたのが、ピョートル・ステパノヴィチ・ヴェルホーヴェンスキーである。彼は、この物語の(おそらく)主人公であるスタヴローギンという人物を語る、狂言回しの役も担っている。

 

……それにしても、ロシア民族というのはなんておしゃべりが多いのだろうか。日本の小説ばかり読んでいる僕は、そんなことばかりが気になってしょうがなかった。ロシア人がおしゃべりなのか、それとも日本人が無口なのか。

 

特にこのピョートルはよくしゃべる! ぺちゃくちゃぺちゃくちゃ。彼のこの雪崩のような言葉が、様々な出来事を大げさにし、事件へと発展させているのではないかと思えるほどだ。実際に彼の存在が、他の登場人物たちに不幸をもたらしている。

 

レンプケは発狂し、シャートフは殺され、キリーロフは自殺した。しかも、遂に彼は自分自身をも不幸な状況へと貶めてしまうのである。彼がこの小説に、ドラマ性を与えていることは明らかだ。

 

 


そして、ニコライ・フセヴォロドヴィチ・スタヴローギン。主人公であるはずの彼について語られる場面はかなり少ない。彼という人間を知るのに、読み込むべきは、やはり「スタヴローギンの告白」の章であろう。

 

しかし、それでも彼については多くの謎が残る。これほど他の登場人物のことについて詳細に語られている中で、逆に“語られない”ということが、スタヴローギンという人物の異質さを際立たせているのだろう。

 

彼は悪徳を快感とする異常者である。彼のカリスマ性は周りの人々を熱狂させる。人々はスタヴローギンのカリスマ性ばかりを語り、彼を新時代の革命組織の理想、理念の象徴としたのである。

 

 

 

その新世代の象徴に対するのが、ステパン・トロフィーモヴィチ・ヴェルホーヴェンスキーだ。彼は旧世代を象徴する存在である。

 

読者は、ああ、なんて情けない不憫なおじいさんなんだと思ってしまうかもしれない(実際僕は思った)。いつも感情的で泣いてばかりいる。

 

しかし、この小説で彼が担った役割はとてつもなく大きい。旧世代の象徴の彼が他の人間に疎まれれば疎まれるほど、それがそのまま、この時代のロシアの混乱を語ることになるのである。

 

「わたし」はステパンの側近であり、ステパンについて語るとき、視点はほとんど一人称になる。ステパンの何もかもが、「わたし」によって語られている。なにも語られないスタヴローギンとは、ここでも対照的である。ステパンはスタヴローギンの鏡であり、この小説のもう一人の主人公と言えるのではないだろうか。

 

 

 

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ドストエフスキーさん

次は『白痴』にも挑戦してみようっと。

アフター5のGUと『平成くん、さようなら』の話

 

僕にとって30回目の冬が到来した。

 

週末、妻の実家がある福井に行くことになったのだが、福井は関東に比べ、もうかなり寒いらしい。暖かい格好をしていかないと。

 

クローゼットを開けると、防寒着は4年前くらいにイオンで購入したコート1着しかない。僕はファッションに昔から無頓着である。別にこのコートを着て行ってもいいのであるが、1歳9ヶ月になった息子ハルタが最近いろんな服を着れるようになり、妙にファッショナブルな格好をしていて(初孫とあって、祖父、祖母からたくさん服を買ってもらえる)、それを見ていると父親である自身の普段着を急にみすぼらしく感じるようになってきたのである。

 

冬服を一新しようと思い立ち、久しぶりに定時に仕事をあがり、家に帰った。洗いものをしていた妻に「一緒に行くかい?」と声をかけた。「どこに?」と怪訝な表情で妻。

 

 

 

GUの中をハルタは歩き回った。自宅から車で10分のところにあるGUは、客が少なく、閑散としている。僕が服を選んでいる間、歩き回るハルタに妻が付き添った。

 

チノパンを試着するために試着室でちょうど自分のズボンを脱いでいるときに、ハルタがカーテンを少し開き試着室の中に入ってきた。「おーい、入ってくるなや」とハルタに言ったが、息子はけらけらと笑っていた。

 

GUはリーズナブルな上に、ファッション性が高い(ように見える)。あまり服にはこだわりがなく、お金もかけたくないが、人からはファッションを「変」とは思われたくない自分にとっては最適のお店である。ダウンジャケット、チノパン、ベルト、セーター、さらに息子のファッションを参考にしてチェックのアンクルパンツを購入した。これで1万円もかからないのである。ファストファッションって素晴らしい。

 

ファストファッションも平成の象徴ですね。ユニクロやGUなどの台頭はファッションの民主化、豊かな社会の証であるとラジオで言っていた。

 

 

 

夜は、買ったばかりの『平成くん、さようなら』をごろ寝しながら読んだ。

 

平成くん、さようなら

平成くん、さようなら

 

 

今売れっ子の社会学者、古市憲寿の書いた初の小説である。古市君が結構好きな僕は本書を発売してすぐに購入した。

 

本当は作者と作品は切り離して読みたいのだけれど、個性の強い作者と、中心人物のである平成くんの人間性が重なって、作者の顔が頭の中にちらついた(彼のメディア露出が多いため、しょうがないのであるが)。それが原因で、読んでいて、作者のほのかなナルシシズムを勝手に感じずにはいられなかった。

 

ただ、その点を除けば、平成末期にふさわしい(?)、心打たれる切ないラブストーリーである。無機質なざらつきがありながらも、その奥に温かみがあり、身近な愛しい人に自然と優しくなれるような気持ちになる深みのある小説だった。

 

いちばん印象に残った場面は、平成の終わりに死ぬことを決めている平成くんが、家族との思い出の地である熱海に彼女と行き、亡くなった母の遺骨を撒く場面である。

 

「何となくずっと捨てられなかったんだ。区役所が火葬まではしてくれたんだけど、うちにはお墓がなかったから、親戚に言われて僕が持っていた。でもこのまま僕が死んだら、お母さんって、この世界の誰からも忘れられちゃう。ねえ愛ちゃん、それって悲しいことなんでしょ」

 

なんとなく、小説のキーワードは「思い出」である気がした。過去の出来事をさまざまなツールでどんどんと記録することができるようになった昨今だが、もっと自分の心と向き合い、その中にある温かな記憶を大切にしていきたいと思った。

 

 

 

ハルタは、僕の真似をして、ごろ寝読書をするようになった。以下の写真では、『ちびまる子ちゃん』を読んでいる。

 

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そういえば、twitterを始めました。

 

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『少年の日の思い出』の話ーなぜ「ぼく」は自分のチョウを押し潰してしまったのか?

 

今週のお題「読書の秋」

 

 

昆虫採集が趣味であったヘルマン=ヘッセ(1877-1962年)は、「チョウ」に関する詩をいくつか残している。例えば、「青いチョウチョウ」という題の以下の詩。

 

ヘッセ詩集 (新潮文庫)

ヘッセ詩集 (新潮文庫)

 

 

小さい青いチョウが

風に吹かれてひらひらと飛ぶ。

真珠母の色のにわか雨のように

きらきらとちらちらと光って消える。

 

そのようにたまゆらのまばたきで、

そのようにふわりと行きずりに、

幸福が私をさし招き、きらきらと

ちらちらと光って消えるのを、私は見た。

 

 

 

 

チョウとヘッセと言えば、小説『少年の日の思い出』である。

 

昔から中学校の国語教科書に使われている小説で、現在、中学校一年生用のすべての検定教科書に掲載されている。日本で最も有名な海外文学と言っても過言ではない。教科書掲載の訳は、ドイツ文学者の高橋健二

 

何年かぶりに『少年の日の思い出』を読んで、内容の奥深さに震えた。訳の力もあるのだろうが、一つ一つの文章表現がとにかく美しい。

 

強く匂う乾いた荒野の焼きつくような昼下がり、庭の中の涼しい朝、神秘的な森の外れの夕方、ぼくはまるで宝を探す人のように、網を持って待ちぶせていたものだ。そして美しいチョウを見つけると、特別に珍しいのでなくたってかまわない、日なたの花に止まって、色のついた羽を呼吸とともに上げ下げしているのを見つけると、捕らえる喜びに息もつまりそうになり、しだいに忍び寄って、輝いている色の斑点の一つ一つ、透きとおった羽の脈の一つ一つが見えてくると、その緊張と歓喜ときたら、なかった。

 

情景がありありと目前に浮かんできて、「ぼく」の息遣いがまるで感じられるかのような描写である。

 

 

 

「ぼく」のチョウ採集への熱中ぶりは、常軌を逸したものであった。

 

「非の打ちどころない」「模範少年」である同い年の隣人エーミールが、「ぼく」が挿絵でしか眺めたことのないクジャクヤママユを手に入れたという。その噂を聞きつけ、いてもたってもいられなくなった「ぼく」は、エーミールの留守中に勝手に彼の部屋に忍び込み、彼のクジャクヤママユを盗んでしまうのである。

 

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クジャクヤママユ。「ガ」ですね。

 

メイドの足音に我に返った「ぼく」は、焦ってポケットにクジャクヤママユをねじ込み、チョウをつぶしてしまう。悲しい気持ちで家に帰った「ぼく」は、自分の罪の一切を母に打ち明けるのであった。そして、母にうながされ、「ぼく」はエーミールを尋ねる。

 

「ぼく」の確信していた通り、エーミールに謝罪も弁償も受け入れてもらえず、彼から耐え難いような軽蔑の態度を受ける。自宅に帰った「ぼく」は採集したチョウを一つ一つ取り出し、指でこなごなに押し潰してしまうのだった……。

 

なぜ「ぼく」は自分のチョウを押し潰してしまったのか?

 

中学校の授業であれば、この問いの答えを探っていくことが、この物語の読解の核心であるだろう。教師は生徒に多様な読みを促すはずである。

 

その読みの中には、「『ぼく』は美しい宝を壊した罪の重さを自覚し、自らに罰を与えようとしている」といった考えが出てくるであろう。よくある回答の一つである。

 

読者一人ひとりに自由な読み方があるのは当然であるし(だから読書は面白い)、自分の読みを人に強制するつもりはない。しかしながら、僕はこのチョウを潰した行為が、「自らを罰する」つもりでした行為だとはどうしても思えないのである。

 

「罪を償うため」という考えもあるだろうが、エーミールによって屈辱を与えられた後の「ぼく」は、贖罪などということは意識にすらのぼらなかったであろう。実際「ぼく」は、「一度起きたことはもう償いのできないもの」だということを悟っている。

 

ではどうして、「ぼく」は自分のチョウを押し潰してしまったのか?

 

それは、エーミールに対して、強い劣等感、敗北感、悔しさ、恨みがピークに達したからであると考える。そのやり場のない気持ちが、チョウを潰す行為へと走らせたのである。

 

 

 

非難されるべきは、エーミールの大事なチョウを盗み、揚げ句の果てにそのチョウを潰してしまう「ぼく」であるのは当然である。エーミールは冷淡で、情のない人間であるかのように見えるが、この物語は「ぼく」の語りであることを忘れてはならない。

 

しかしながら、それでも僕は(もしかしたら、少年時代劣等生であった自分自身のルサンチマンを重ねすぎているのかもしれないけど)、「ぼく」に同情せずにはいられない。「ぼく」の盗みには、エーミールへの悪意は一切なかった。

 

 胸をどきどきさせながら、ぼくは紙切れを取りのけたいという誘惑に負けて、ピンを抜いた。すると、四つの大きな不思議な斑点が、挿絵のよりはずっと美しく、ずっとすばらしく、ぼくを見つめた。それを見ると、この宝を手に入れたいとう逆らい難い欲望を感じて、ぼくは生まれて初めて盗みを犯した。ぼくは針をそっと引っぱった。チョウはもう乾いていたので、形はくずれなかった。ぼくはてのひらに載せて、エーミールの部屋から持ち出した。そのときさしづめぼくは、大きな満足感のほか何も感じていなかった。

 

盗みの場面を読むと、「ぼく」の盗みに対する葛藤がほとんどないことがわかる。ここで「ぼく」は理性を働かせて、欲望を抑え込むべきではなかったのかと言う人もいるだろう。

 

だが、ある対象に心が強くとらわれてしまったとき、理性などが働くはずがない(擬人法によるクジャクヤママユの描写が、それに魅了された「ぼく」の心情をよく表している)。理性の力など、自分にとって本当に魅力的なものの前では、信頼に足るものではないし、それは子供であっても大人であっても同じである。

 

「ぼく」は確かに盗みを犯しているが、同時に、その欲望と状況によって「盗まされている」のである。客観的には能動でありながら、「ぼく」の主観的な心情としては盗みは受動であったのだ。クジャクヤママユを壊してしまったことも故意ではない。どれもこれも「ぼく」の行動は、チョウへの愛情ゆえの行動なのである。(だからと言って犯罪を肯定しいるわけではないです)

 

チョウへの愛が深かったからこそ、「ぼく」は、エーミールによる「つまりきみはそんなやつなんだな。」というセリフ、普段のチョウの扱い方への非難、軽蔑の眼差しに、深い傷を負わされることになる。

 

「ぼく」に喜びを与えていたチョウのコレクションは、エーミールによる屈辱的な仕打ちによって、一転、「ぼく」の下劣さを証明するいまいましい装置へとなり変わってしまったのである。

 

 

 

大人になっても癒えることのない苦々しい「少年の日の思い出」は誰にでも大なり小なりあるだろう。大人になった今もう一度、自身の「少年の日の思い出」を重ねながら、この小説を読んで、様々考えてみてはいかがでしょうか。

 

……と、まるで中学生のときに『少年の日の思い出』を読んだかのように語ってきましたが、僕が中学一年生のときに使っていた国語の教科書にこの小説は載っていませんでした。掲載されていた海外文学は、チェーホフの『カメレオン』でした。これもなかなか素敵な作品です。