ゴロネ読書退屈日記

ゴロネ(89年生まれ)一児の父。好きなものは読書、映画鑑賞、息子ハルタとじゃれ合うこと。

勉強がしたい……!!!

 

1歳の息子ハルタの投げる力が向上している。

 

ゴムボールを投げるのがすごく上手になった。ハルタは「きゃっ、きゃっ」と声をあげ、満面の笑みを浮かべながら、毎日僕とのキャッチボールに励んでいる。

 

ゴムボール以外にも様々なものを投げるようになった。ゴムボールよりはるかに大きく重いものも投げる。したがって、ハルタの近くではおちおち昼寝もできない。

 

例えば、下のおもちゃをハルタが投げ、事故が起こった。

 

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鼻血出ました。

 

 

 

ハルタはすげー勢いで学んでいる。学ぶことに躊躇がないのである。

 

「投げる」だけでなく、「歩く」も覚え始めた。

 

最近、7歩くらいまで歩けるようになった。歩くことに限界がやってくると、前にずっこける。しかし、ハルタはそのような転倒にも負けず、再び歩行に挑戦するのである。

 

よく怖くないなあ。

 

ハルタよ、勇気を分けてくれ! パパは自分が生きる社会のことを少しだけ知ってしまったがために、新しい一歩を踏み出すことがひどく億劫で、怖い大人になってしまったんだよ!

 

 

 

勉強がしたい……!!!

 

どんな勉強がしたいかというと、何らかしらの専門分野を時間をかけて体系的に学び、知識や思考の型を身につけたい。

 

大学を卒業し、社会人になって6年ほど経つが、今すごく大学に行きたい気持ちである。大学生に戻って、ちゃんと授業に出席して能動的に学びたい。

 

僕は大学生のとき社会学部に所属していたものの、大学生が陥りやすい典型的なアパシー(無気力状態)となり、大学の勉強や授業の出席については留年しない程度の最低限のことだけをやり、あとは図書館で本を読むか、映画館で映画を見る毎日であった。

 

そのため、当たり前であるが、社会学の専門性はひとつも身につかなかった。そして、ゴミみたいな卒論を提出して卒業したのである。

 

もったいないことしたなあ。今では大学時代の奨学金の返済に苦しんでいる。

 

本を読むことや、映画を見ることも勉強じゃないかと思われるかもしれないが、あの頃読んだり見たりした本や映画の内容はほとんど覚えていない。本の読み方や映画の見方を身につけた気もあまりしないのである。

 

 

 

大学時代ほとんど勉強をしなかった後悔から、勉強をちゃんとやり直したいという気持ちがもともとあったが、にわかにその気持ちが盛り上がったのは、『勉強の哲学』を最近読んだからであった。

 

勉強の哲学 来たるべきバカのために

勉強の哲学 来たるべきバカのために

 

 

この本には、「勉強とは、これまでの自分の自己破壊である。」と書いてある。勉強とは、「新たな環境のノリに入る」ことらしい。

 

アイロニー」と「ユーモア」という言葉を使い、勉強へ取り組む姿勢のあり方が分かりやすく説明されていて、夢中で読み進めた。

 

勉強の具体的な実践の方策として、勉強用のノートづくりを維持することが推奨されている。

 

勉強用のノートとは、生活の別のタイムラインそのものであり、自分の新たな可能性を考えるための特別な場所なのだ、という意識を持ってほしい。

 

そうか。勉強はインプットだけではなく、インプットしたものをどこかにアウトプットすることも含めなくてはならないのだ。そういえば、大学時代、本を読んだり映画を見たりすることを繰り返していたが、どこにもアウトプットなんてしていなかった。

 

アウトプットの手段として、ブログを書くことは、おそらく良いことだろう。実際、読んだ本や見た映画についてのことをブログに(ゆるく)アウトプットするようになってから、学んだことをあまり忘れなくなり、それぞれの学びを少しずつ関連づけられるようにもなった。

 

 

 

本を読むことに関する勉強については、近頃、本の内容についてのブログを書いたり、読んだりするだけでは少々物足りなくなってきた。対話的な学習によって、読みを深めていきたい。

 

聞いたところによると、大きな都市では、課題本を読み、その本について複数の人で語り合うことで読みを深める「読書会」なるものが存在するそうだ。なんて魅力的な会!

 

僕もいつか「読書会」に足を運んで、読書好きな人と一緒に学びを深めたいという願望があるのです。