ゴロネ読書退屈日記

ゴロネ(89年生まれ)一児の父。読書ブログを目指している雑記ブログです。息子ハルタとじゃれ合うことにはまっています。

食欲と反省を強烈に掻き立てる小説、『BUTTER』の話

 

夏の初めは暑さで食欲が減退していたのだが、最近食欲が復活し、明らかに食べ過ぎている。

 

先日、健康診断に行ったとき、体重計に乗ったところで「太りましたね」と看護師さんに半笑いされた。しかしながら、そんな半笑いを意にも介さず、健康診断を終えたその足で「いきなり!ステーキ」に突撃し、300gのステーキをほおばったのである。

 

食欲が旺盛になった原因は、間違いなく、柚木麻子の小説『BUTTER』を読んだためである。

 

BUTTER

BUTTER

 

 結婚詐欺の末、男性3人を殺害したとされる容疑者・梶井真奈子。世間を騒がせたのは、彼女の決して若くも美しくもない容姿と、女性としての自信に満ち溢れた言動だった。週刊誌で働く30代の女性記者・里佳は、親友の伶子からのアドバイスでカジマナとの面会を取り付ける。だが、取材を重ねるうち、欲望と快楽に忠実な彼女の言動に、翻弄されるようになっていく―。読み進むほどに濃厚な、圧倒的長編小説。

 

小説に登場する美味しそうな料理と、それを登場人物たちがあまりに美味しそうに食べる描写に、僕の食欲は覚醒させられた。

 

 

 

容疑者・梶井真奈子は、2007年から2009年にかけて発生した首都圏連続不審死事件の犯人である木嶋佳苗をモデルにしている。自分の欲望に忠実な梶井が、序盤でバター醤油ご飯について語る場面があるのだが、僕はこの描写によって、この小説に一気に引き込まれた。

 

「バターは冷蔵庫から出したて、冷たいままよ。本当に美味しいバターは、冷たいまま硬いまま、その歯ごたえや香りを味わうべきなの。ご飯の熱ですぐに溶けるから、絶対に溶ける前に口に運ぶのよ。冷たいバターと温かいご飯。まずはその違いを楽しむ。そして、あなたの口の中で、その二つが溶けて、混じり合い、それは黄金色の泉になるわ。ええ、見なくても黄金だとわかる、そんな味なのよ。バターの絡まったお米の一粒一粒がはっきりその存在を主張して、まるで炒めたような香ばしさがふっと喉から鼻に抜ける。濃いミルクの甘さが舌にからみついていく……」

 

僕はこれを読んだとき、お腹が鳴った。小説にある高級バターはすぐには手に入らない。

 

すぐにコンビニに北海道バターを買い行った。帰宅すると、チンした冷凍ご飯の上にバターを乗せ、醤油を垂らし、がつがつと口に運んだ。う、うまい……!

 

このとき以降、食べたい時に食べたいものを食べたいだけ食べるという梶井の思想が乗り移ってしまい、体重を気にせず食べるようになってしまったのである。

 

 

 

たとえば、僕ではなく、妻が好きなものを好きなだけ食べて太ったら、僕はいったいどのような反応を妻に対してするであろうか。僕は妻を怠惰であると非難するだろうか。

 

『BUTTER』の主人公である女性記者・里佳は、梶井という人物をとらえるため、梶井の勧める料理を積極的に取り入れ、太っていく。太るといっても、もともとの痩身体型が標準体型になっただけなのだが、周囲の人たちは彼女を非難するのである。

 

この小説は、この社会での女性の生きづらさと、どうすれば女性が不自由さから解放され、真の自由さを得られるのかということをテーマのひとつにしている。そして、「女性は○○であるべき」という男性側のものさしで女性の価値を決めるこの男性社会と、そのものさしを過剰に意識して不自由に生きる女性を批判しているように思えた。

 

男性の自分としては、この小説を読んで強烈に反省の気持ちが沸き起こったのである。

 

 

 

自由に生きる女性の代表のように思われる梶井が、実は男側のものさしでしか女性の価値を決められない不自由な女性であったところが面白い。梶井の下の発言には、かなりのインパクトがある。

 

「仕事だの自立だのにあくせくするから、満たされないし、男の人を凌駕してしまって、恋愛が遠のくの。男も女も、異性なしでは幸せになれないことをよくよく自覚するべきよ。バターをけちれば料理がまずくなるのと同じように、女らしさやサービス精神をけちれば異性との関係は貧しいものになるって、ねえどうしてわからないの。私の事件がこうも注目されるのは、自分の人生をまっとうしていない女性が増えているせいよ! みんな自分だけが損をしていると思っているから、私の奔放で何にもとらわれない言動が気にさわって仕方がないのよ!」

 

里佳がこの梶井との接触を通して、どのようにして女性としての自由を獲得していくのかというのがこの小説の読みどころである。面白いので、ぜひ読んでみてください。

 

 

 

このごろ、妻が第二子の妊娠によるつわりのため、平日の仕事以外の時間と休日は、家事と育児のほとんどを自分が引き受けている。いやあ、これは大変な仕事である。

 

僕が仕事に行っている間は、妻が不調であるにも関わらずこれをすべてこなしてくれていると思うと、彼女には頭が上がらない。今朝は妻が「久しぶりに私が作る」と言って、食パンと卵とウインナーを焼いてくれた。

 

僕は正直、どこかで「家事と育児は女性がやるもの」という前時代の意識があったことを認めざるを得ない。本当に申し訳ない。連日、女性差別に関する報道が流れているが、こういう「女性は○○であるべき」という男性の意識が女性を苦しめているのである。

 

この男性社会を変えるには、まずは自分自身の意識を変えていかなくてはならないと、僕は食パンに大量にバターを塗りながら決意した。運動します。