ゴロネ読書退屈日記

ゴロネ(89年生まれ)一児の父。好きなものは読書、映画鑑賞、息子ハルタとじゃれ合うこと。

湯河原の足湯と祖母宅に行ってきた話

今週のお題「おじいちゃん・おばあちゃん」

 

 

神奈川県湯河原町にある足湯、「独歩の湯」に家族で行ってきた。

www.yugawara.or.jp

 

本当は足だけでなく体全体、温泉に浸かりたい気分ではあったが、まだ排泄をコントロールできない1歳半の息子・ハルタを普通の温泉に連れて行くわけにはいかない。足湯であれば子供も一緒に温泉を楽しめると思い、ドライブを兼ね遊びに行った。

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「独歩の湯」は、奥湯河原にある万葉公園の敷地内にある。万葉公園の名称は、「万葉集」の4500首の中で、唯一温泉について詠われている以下の一首に由来する。

 

足柄の土肥の河内に出づる湯の世にもたらよらに子ろが言はなくに

 

「足柄の土肥の河内に出づる湯」とは湯河原温泉のことである。「独歩の湯」に続く川沿いの道は「文学の小径」という名がついていて、湯河原にゆかりのある、国木田独歩夏目漱石与謝野晶子島崎藤村谷崎潤一郎芥川龍之介などの文豪と作品がそれぞれ立て札で紹介されていた。

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僕はいちいちその立て札を読んでいたが、妻は文学などさほど興味はないようで、小径を横切る沢蟹に喜んでいた。

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「独歩の湯」の入湯料は、大人が300円、小・中学生は200円(幼児は無料)。9種の足湯がある。それぞれ入ってみたが違いがよくわからない。

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まあ、息子は少し足湯に喜んでいたようでよかったかな。妻は、足湯後の足裏マッサージ(1500円)に満足していた。

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実は僕は「独歩の湯」に何度か来たことがある。万葉公園にある温泉「こごめの湯」には、おそらく50回以上は入ったであろう。

 

kogomenoyu.com

 

それはなぜかというと、湯河原には僕の祖母宅があるからである。足湯を後にした僕らは、祖母宅に向かった。

 

 

 

20歳の夏休みに、車を運転して祖母宅に行った。免許は取得したばかり、車は中古の軽自動車。湯河原に自分で車を運転していくのはこの時が初めてであった。

 

20歳の僕は祖母宅から帰った後すぐに、その思い出をmixiの日記(懐かしい!)に書いて残した。その文章が見つかったので、ちょっと青臭い文章で恥ずかしいですが、ここに載せます。

 

 

別に来なくてもいいよ、煩わしいから。脚も痛いし」という電話口での祖母の言葉を「寂しいから来い」と解釈したので、お盆休みに祖母が一人住む湯河原の家へと久々に出掛けた。

 

僕には弟が二人いるが、彼らはちょくちょく湯河原の家を訪れているそうである。祖母は僕のことを「長男は白状で、冷淡だ」なぞと言っているらしく、僕としてはあまり好ましい状況ではなかった。

 

加えて、祖母はおしゃべりである。祖母の家の隣近所の方々に「あの家の一番歳上の孫は、白状で、冷淡で、でべそだ」というイメージを持たれるのは、耐えられない。激おこプンプン丸。

 

自身のことも少し落ち着いたので、仕方なく顔を見せに行くことにした。

 

ーー快晴であった。空の雲のないところに注目すれば、雲ひとつない青空である。

 

湯河原には車で行くことにした。運転には苦手意識があるが、それを避けていては、いつまで経っても上達しない。

 

まあ、大丈夫。近頃は、運転中に鼻唄を歌う心の余裕もできたし、駐車もスムーズにできるようになったし、なにより、アクセルとブレーキを間違える回数も十回に一回程度に減った。

 

車から見える湯河原の海はキラキラしていて、とても魅力的だった。しかしながら、海には決して泳ぎに行くまいと心に決めていた。

 

なぜなら、第一に、お盆は幽霊に足を引っ張られ溺れる可能性がある、第二に、そもそも僕はカナヅチなので溺れる可能性があるからである。

 

湯河原といえば、海より、やはり温泉である。湯河原に来たときは祖母の市民カードを拝借し、安く温泉に入るのが、お決まりのパターンであった。

 

祖母の家に到着すると、すぐに温泉に行く旨を祖母に伝える。ところが、この日はなんと温泉の定休日であった。

 

ちっ、客のいない夏の温泉で、忍法水面走りの術の練習をするつもりだったのに。ガチしょんぼり沈殿丸。

 

時間を持て余すことが嫌いな僕は、温泉を諦め、祖母宅の目の前の小さな山を散歩することに決めた。かなりの暑さを覚悟していたが、木陰はとても涼しい。

 

一緒についてきた祖母は、山に咲く花を摘んだり、明らかに他人の所有地に咲いている花を摘んだりしていた。

 

祖母はたくさんの話をしてくれた。病気の話、娘の悪口(つまり僕の母の悪口)、老いの話、葬式の話、病院の話など、明るく、バラエティーに富んだ話ばかりだった。

 

二人でご飯を食べ、僕が帰ろうとするとき、祖母は泣いた。たくさんの人から愛されなくても、たった一人でも自分をこのように思ってくれる人がいれば、まあ人生、オールオッケーなのである。

 

というわけで、近頃はぼちぼち幸福なのでした。

 

 

 

 

1年ぶりに会った祖母は、髪がすべて真っ白になっていた。

 

祖母は久しぶりにひ孫を見て、とても喜んでいた。(多分、孫と孫の嫁に会ったことにも喜んでいた)

 

ハルタは祖母の家にあるものが珍しいらしく、そこら中を歩き回っていた。祖母はハルタを見て、僕の幼いころのそのまんまだと言った。そして、彼女は祖父の仏壇にあるお鈴と鈴棒をハルタに渡し、「チーン」と鳴らす遊びを教えていた。

 

祖母の話はとにかく長い。祖母はひ孫との触れ合いを終えると、妻に熱心に昔話を語った。(僕が小学生の頃、湯河原に家出した話、祖母と祖父が若い頃、駆け落ちした話など)

 

帰るときに祖母は「まあ別荘だと思っていつでもおいでよ」と言った。祖母はまだ70代半ば。髪は白くなったが、とっても元気そうで、あと30年は生きる気がする。

 

しかしながら、これから何があるかわからない。時間があれば、ちょくちょく湯河原を訪ねてあげようと思ったのでした。