ゴロネ読書退屈日記

ゴロネ(平成元年生まれ)。読書ブログを目指している雑記ブログ。2人の息子とじゃれ合うことが趣味。

『菜の花の沖』(司馬遼太郎)の話

 

 

菜の花の沖 全6巻 完結セット(文春文庫)

菜の花の沖 全6巻 完結セット(文春文庫)

 

 

江戸後期、淡路島の貧しい家に生まれた高田屋嘉兵衛は、悲惨な境遇から海の男として身を起こし、ついには北辺の蝦夷・千島の海で活躍する偉大な商人に成長してゆく。沸騰する商品経済を内包しつつもかたくなに国をとざし続ける日本と、南下する大国ロシアとのはざまで数奇な運命を生き抜いた快男児の生涯を雄大な構想で描いた名作! 

 

この小説も他の司馬作品同様、わくわくしながら読んだ。読んでいて持った一番の感想は、寄り道が多い!ということだ。どの司馬作品も本筋から脱線することが多いが、この作品は特にそれが多く感じた。高田屋嘉兵衛本人の人物描写よりも、彼を取り囲む環境、日本の社会や世界情勢ばかり語られている気がしないでもない。

 

ところが、この寄り道が実に面白い。特に「下らない」の話は、誰かに話したくなる。当時の江戸は生産性が低く、上方から来る“貴重な”商品を「下り物」と呼んでいた。それが、「下らない(=取るに足らない)」いう言葉の由来だというお話。

 

このような「歴史雑学」がふんだんに盛り込まれているのである。詳細に背景が語られているからこそ、そこに生きる人がよりリアルに感じられ、彼らの物語は輝きを帯びるのであろう。そして、私たちが生きる歴史の線の上に、彼らもちゃんと立っていたということが実感できるのである。

 

 

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僕は高田屋嘉兵衛から「不器用」な男という印象を受けた。

 

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高田屋嘉兵衛さん

この器用さというのは、世間を渡っていく上での器用さだ。嘉兵衛は自分の目的に突き進んでいくが、あまり“工夫”というものが見られない。

 

竜馬がゆく』の坂本竜馬は違った。竜馬は自身の目的達成を確実にするため、得意の話術と人懐っこさを駆使して、人々を惹きつけ、うねりを創っていった。八方美人で、かなり器用な男だったといえるだろう。

 

対して、嘉兵衛はあまりおしゃべりが得意ではないし、愛嬌も足りない。人に悪印象を与えることさえある。

 

彼が人を惹きつけるときは、その肉体の動きによって惹きつける。彼の船頭としての技術、能力に魅せられ、人々は集まってくるのだ。

 

嘉兵衛と竜馬、この二人には共通点もある。どちらも現実主義であり、私利私欲のためには動かないところである。自由な商いを目指す嘉兵衛にとって、この時代の封建社会は息苦しかったであろう。何をするにも、階級というものを意識しなければならない。個人の能力だけでは変えることのできないことが、あまりに多すぎる。

 

だからこそ嘉兵衛は、日本人がまだ把握していなく、階級のしがらみが少ない、蝦夷地という未開の地に魅力を感じたのかもしれない。誰も航海したことのない海、誰も足を踏み入れたことのない土地に行くというのは、相当な強心臓の持ち主でなければなせることではないだろう。

 

嘉兵衛の果てしない冒険心には強い憧れを抱いてしまう。

 

 

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ドストエフスキーの『悪霊』を読み終えたばかりなので、ロシアへの関心がここんところ強くある。『悪霊』の登場人物は感情の触れ幅があまりに大きかったので、ロシア人は皆ああなのかと思っていたが、少なくとも、この『菜の花の沖』に出てくるロシア人たちは違っていた。それほど感情に左右される人々でもない。

 

ただ、レザノフだけは、なんとなくドストエフスキー的な匂いがしてくる。船員たちに指示を出すが、ことごとく無視され続け、「私は日本に行くことをやめる」と駄々をこね始めるところなど面白い。

 

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レザノフさん

 

レザノフやラクスマン、ゴローウニンなどは、高校の日本史で触れはしたが、名前以上のことは知ることのできなかった人物たちだ。この小説により彼らの人間味を知り、親しみが湧いたのである。彼らの目に日本はどのように映ったのであろうか……。とにかく、日本とロシアの北方領土を巡る争いは、この時代から続いてきたのだと改めて学ぶことができ、北方領土問題への関心が高まった。

 

 

 

菜の花の沖』を読むと、「文化の衝突」が生み出すものについて、つい考えてしまう。

 

国とは単に地図上に線を引っ張って出来上がったものではない。人々の様々なドラマの歴史があり、今の世界は形作られてきた。この形はこれからも、変化を続けていくことだろう。そのたびに起こる文化の衝突は避けることはできない。

 

そのとき武器になるのが「歴史」である。歴史を知ることで自分の文化的立ち位置が分かるし、相手のことを理解しようとする姿勢が生まれる。歴史を学ぶことは、現在を知ることに直結するのである。

 

司馬史観に対しては批判もあるが、やっぱり司馬作品は抜群に面白い。歴史に関心を持つための取っ掛かりとして、まず司馬遼太郎の小説を僕はおすすめしたいです。