ゴロネ読書退屈日記

ゴロネ。読書ブログを目指している雑記ブログ。2人の息子とじゃれ合うことが趣味。

新年の挨拶と『なぜ世界は存在しないのか』の話

 

新年明けましておめでとうございます。今年もゴロネ読書退屈日記をよろしくお願いします。

 

年末年始なにをしていたかとうと、ほとんど寝てました。夢の中でも寝ました。あとは、食べたり、カーテン替えたり、食べたり、詣でたり、飲んだり、食べたりしてました。当然太りました。あ、本も1冊読みました。

 

今年も本の感想や、日々の出来事や思いをブログにだらだらと綴っていくつもりです。

 

 

 

2019年、最初に読んだ1冊は、『なぜ世界は存在しないのか』である。

 

なぜ世界は存在しないのか (講談社選書メチエ)

なぜ世界は存在しないのか (講談社選書メチエ)

 

 

著者は、1980年生まれのドイツ哲学者の新星、マルクス・ガブリエル。

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かっこいい。

 

『なぜ世界は存在しないのか』……そそられるタイトルである。「『なぜ』? なに言ってるんだ。ここにちゃんとあるじゃん、世界は」と普通の読者であれば思うであろう。じゃあ、あなた方が考える「世界」って何? とガブリエルはどんどん突っ込んでくる。

 

ガブリエルは、「世界」とは「すべての意味の場の意味の場。それ以外のいっさいの意味の場がそのなかに現象してくる意味の場」と定義している。「意味の場」とは、対象が現象する仕方のことである。誤読を恐れず簡単に言ってしまうと、「世界」とは、現れ方も含めた何もかも全てが現れる場のことである。

 

そのような定義の「世界」が存在するためには様々な矛盾(この矛盾とは何かということは本書を読んでください)があり、ゆえに「世界は存在しない」とガブリエルは断言する。

 

え?待って。じゃあ、今、目の前にあるコップは? 僕自身のこの身体は? 僕が妻帯者で息子がいるという事実は? 「2019年は今より5キロ痩せる」という新年の目標は? 初夢に出てきた人面犬は? その人面犬に何か不吉なものを読み取った自身の理解の在り方は? すべて存在しないの???

 

ガブリエルは物や事実などはすべて、それぞれの意味の場に存在すると言っている。彼は「存在すること」とはつまり、「何らかの意味の場に現象すること」という等式を設定している。

 

そのようなそれぞれの「意味の場」があるだけであり、それぞれの「意味の場」すべてを包摂する場(=世界)は存在しないと本書は強調するのである。

 

 

 

ガブリエルが本書で主張するのは、「新しい実在論」である。「新しい実在論」はこれまでの形而上学構築主義といった認識論と存在論を刷新する考え方である。「新しい実在論」は、「わたしたちは物および事実それ自体を認識することができる」ということと「物および事実それ自体は唯一の対象領域(→意味の場)にだけ属するわけではない」ということのテーゼからなる主張である。

 

前者のテーゼも面白いが、特に後者のそれに僕は面白さを感じた。物や事実などの存在は、無限の意味の場に現れることができる。ガブリエルが無限の意味について語る以下の言葉が特に印象に残った。

 

わたしたちはーー少なくとも、この文章を書いている今このときは認めざるえないけとですがーー誰もがいずれは死ぬほかありません。それに不幸が数多く起こっていること、必要のない理不尽な苦しみがあることにも、疑いの余地はないでしょう。しかし、わたしたちは以下の点もわかっているはずです。すなわち、どんな物ごとでも、わたしたちにたいして現象しているのとは異なっていることがありうる、ということです。それは、存在するいっさいのものが、無限に数多くの意味の場のなかに同時に現象しうるからにほかなりません。わたしたちが知覚しているとおりの在り方しかしていないものなど存在しない。むしろ無限に数多くの在り方でしか、何ものも存在しない。これは、ずいぶんと励みになる考えではないでしょうか。

 

わたしたちが認識する物事は、どれも一面の意味に過ぎない。しかし、意味は尽きることはなく、見方によって多様な意味に出会える可能性がある。想像力(創造力)を使って捉え方を変えることによって、物や事実の新しい認識が発見できると考えると、確かに大きな自由を感じるし、生きることが楽しく思えてくる。

 

僕の知識や読解力ではまだまだ理解できてないところはあるだろうけど、腑に落ちたところは妙に興奮したし、ガブリエルの熱いメッセージには勇気づけられた。今後もガブリエルの活躍を追っていきたい。

 

 

 

 

それでは皆さん、よい今年を!

 

ゴロネ (@gorone89) | Twitter