ゴロネ読書退屈日記

ゴロネ。読書ブログを目指している雑記ブログ。2人の息子とじゃれ合うことが趣味。

『トロッコ』(芥川龍之介)の話

 

「このやろう! 誰に断ってトロに触った?」

 

 

 

インフルエンザになり出勤停止になったのであるが、どうしても今週中に終わらせなければならない仕事があり、上司に「その仕事を会社に取りに行ってもいいですか?」と連絡したが、やっぱり「ダメ」と言われてしまった。しょうがないと諦めたが、その後、先輩から電話。「おれが家まで届けてやるよ」

 

本当にいつもこの先輩にはお世話になってます。いつもなめた口きいてすみません。その先輩は仕事を家まで届けてくれた上に、お見舞いに、飲み物や食べ物も届けてくれたのである。泣けるで。

 

お茶、ポカリスエット、アイス、そして、小田原のみかん……。みかんは温暖な小田原の名産である。みかん大好き。

 

 

 

芥川龍之介の短編小説、『トロッコ』を読んだ。

 

トロッコ・一塊の土 (角川文庫)

トロッコ・一塊の土 (角川文庫)

 

 

小説の舞台は、神奈川にある小田原と静岡にある熱海をつなぐ軽便鉄道(熱海鉄道)の敷設工事の現場である。熱海鉄道といえば、前身である豆相(ずそう)人車鉄道が有名。豆相人車鉄道では、車両を人力で押していた(急な山道では、車両を押すのを乗客に手伝わせていたそうだ)。

 

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Wikipediaより

軽便鉄道である熱海鉄道が敷設されたのは、1908(明治41)年であるから、小説の設定時代はこのしばらく前である。主人公の少年、良平は土木工事に使われるトロッコに乗ることやトロッコを押すことにあこがれがあり、毎日村外れへ工事を見物に行った。

 

2月初旬のある夕方、良平はトロッコにひそかに乗り有頂天になる。しかし、麦わら帽の土工に見つかり、「このやろう!」と怒鳴られてしまう。それから10日あまり経ってから、親しみやすそうな若い2人組の土工を見つけた良平は、彼らに声をかけ、一緒にトロッコを押したり乗ったりして、熱海方面に向けて進みことになるのだった。良平のあこがれの実現である。

 

ロッコと進む良平の両隣りに、日を受けたみかん畑が現れる。みかんは、明るさ、暖かさ、ぬくもりの象徴である。情景描写から、良平の胸の高まりが伝わってくる。

 

『トロッコ』は登場人物や語り手の気持ちを想像するのに、情景描写を手がかりにしやすい小説である。

 

 

 

ロッコと一緒に意気揚々と進んできた良平であったが……

 

今度は高い崖の向こうに、広々と薄ら寒い海が開けた。と同時に良平の頭には、あまりに遠く来すぎたことが、急にはっきりと感じられた。

 

広々と薄ら寒い海……。ワクワク感から一転、この情景から、良平の心の内から寂しさ、心細さ、孤独感がじわじわと広がっていることがわかる。

 

結局、良平は若い土工たちから「帰れ」と言われてしまい、あっけにとられ、泣きそうになってしまう。絶望へと落ち込む良平。彼は命さえ助かればと、暗くなる道を無我夢中で家に向かって走り続ける。そしてやっと自分の村に帰ってきた良平は、家に駆け込み大声で泣くのであった。不安からの解放である。

 

 

よく考えると、良平にとって本当に優しい土工は、親しみやすい若い2人組の土工ではなく、怒鳴ってくれた麦わら帽の土工だったのかもしれない。ちゃんと叱ってくれる大人もやっぱり必要ですね。

 

小説には、麦わら帽の土工について、「ただそのときの土工の姿は、今でも良平の頭のどこかに、はっきりした記憶を残している。」とある。……「今」とは?

 

 

 

小説の最後に、「今」の良平について書かれている。

 

   良平は二十六の年、妻子と一緒に東京へ出てきた。今ではある雑誌社の二階に、校正の朱筆を握っている。が、彼はどうかすると、全然なんの理由もないのに、そのときの彼を思い出すことがある。全然なんの理由もないのに?ー塵労に疲れた彼の前には今でもやはりそのときのように、薄暗いやぶや坂のある道が、細々と一筋断続している。…………

 

妻子とともに上京したものの、生活のために校正係をしている「今」の疲労感と、どこにたどり着くのかわからない少年の日の不安感を、良平は無意識のうちに重ね合わせているのである。

 

 

良平のモデルは、芥川龍之介の熱心なファンで、芥川との親交も深かった力石平蔵という人物である。平蔵は芥川の世話で出版社に勤務し、校正係として働いていた。夢は小説家だったらしい。

 

彼の出身地はかつて軽便鉄道が通っていた湯河原吉浜である。『トロッコ』は、子供時代の思い出を書いた平蔵の原稿を、芥川が大幅に手直しして出来上がった作品なんだそうな。