息子にインフルエンザをうつした話
1
インフルエンザになった自身を密室に隔離したが、家庭内別居の努力など時すでに遅く、一昨日の夜、1歳10ヶ月の息子ハルタが高熱を出した。
お医者さんに電話して指示を仰ぎ、昨年12月にハルタが熱性けいれんになったときにいただいた熱を下げる座薬をハルタの肛門にインした。座薬は効き、熱は引き、ハルタはぐっすりと眠れた様子。幼児のインフルエンザ脳症の情報をネットで過剰に摂取した僕は自責の念と不安で少々鬱っぽい気分になり、次の日朝一でハルタを病院へ連れて行った。
病院の小児科はインフルエンザの子どもで激こみギュウギュウ丸かと予想していたが、意外と空いており、受付を済ますとすぐに診察を受けることができた。小児科の先生は少々チャラ男っぽい若い先生で耳にはピアスの穴が認められた。おそらく僕と同世代。
「保育園も行ってなくて、パパさんがインフルなら、確実にハルタくんもインフルっすよ。インフルかどうかの検査も必要ありません。タミフル出しときますね。今日はママさんは?」とその先生。妻は妊婦でもうお腹がかなり大きいので家に置いてきた、もう少しで出産予定日だと説明する。「じゃあ、今度はママさんにうつしちゃまずいですね。もう胎児には影響ないだろうけど、お産のときに熱が出たらママさん可哀想だから」
お礼を言い、処方箋をもらってハルタと薬局に行った。薬を待つ間、ハルタに『アンパンマン』の絵本を読んでやった。そのときだった。……ブリブリブリッ!! ハルタは大量のウンチをした。
2
今度は妻が隔離される番であった。
先日までハルタは妻と生活していたのだが、今度は僕と生活することに。ママと離れ離れになり泣き叫ぶハルタ。しばらくお別れ。インフル同士仲良くやろうぜ。
ハルタは泣き疲れと、薬の効果があったのだろうかすぐに寝てしまった。ハルタが寝ている間、角田光代訳『源氏物語』の「須磨」の章を、原文と比べながら読んだ。『源氏物語』冒頭の巻は「桐壺」であるが、実はこの「須磨」の巻から起筆されたという伝承が記録されてるそうな。
「須磨」では、宮中にいられなくなった源氏の須磨行きを多くの人が嘆き悲しむ。領地や財産をすべて託された紫の上。彼女は心細かったろう。思えば、彼女は源氏にほとんど誘拐されるように宮中にやってきたのである。源氏がいなくなれば、宮中では孤独そのものだ。
生ける世の別れを知らで契りつつ命を人に限りけるかな
(生き別れることがあるなどとは思いもせず、命ある限りは別れまいとあなたに幾度も約束しましたね)
と紫の上に源氏。
惜しからぬ命にかへて目の前の別れをしばしとどめてしがな
(もはや少しも惜しくないこの命にかえて、今この別れを、ほんの少しでも引き止めておきたい)
と応える紫の上。彼女はきっと永遠の別れになるのではないかと絶望していたことでしょう。
3
今日になってすっかり息子の熱は下がり、元気になった。ただ、まだ菌を保有しているので、妻と触れ合わせることはできない。
今日は妻がかかりつけの産院に検診に行く日であった。僕の実家の母親が、病院に行く彼女に連れ添った。僕はハルタとお留守番。一緒に『アンパンマン』のDVDを見たり、ブロック遊びをしたりした。
2時間ほどして、妻が帰ってきた。食料の入った袋を抱えている。
「お義母さんが『「妊婦がいるのに、インフルエンザ持ち込みやがって。くたばれ」って伝えといて』って言ってたよ」と妻。
現在奥の部屋から妻の咳が聞こえる。……出産予定日まであと6日。