僕が好きな、北原白秋の詩と谷崎潤一郎の事件の話
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小田原文学館にふらりと出かけた。
小田原文学館の建物は元々、土佐藩の郷士で、幕末に陸援隊に参加し、明治維新後は、警視総監・宮内大臣などを歴任した伯爵・田中光顕の別邸として建てられたものである。
上の写真が本館である。スペイン風建築。素敵ですね。
別館は純和風建築で、ここでは、北原白秋の童謡創作に関わる資料が展示されていた。北原白秋は、8年ほどの間を小田原で過ごしていたそうだ。
僕は詩人としての北原白秋も好きである。
特に『北斎』という詩がお気に入り。これは、葛飾北斎が描いた『富嶽三十六景』にある『尾州不二見原』(下写真)の構図の美しさと、自身の詩人として生きていくことの意欲をうたった詩である。
一心玲瓏
不二ノ山。
桶屋箍(タガ)ウツ桶ノ中ニ
白金玲瓏
天ノ雪。
思イツメタル北斎ガ、
真実心ユエ、桶ノ中二
光リツメタル天の不二。
北斎思エバ身ガ痩スル。
口に出して読むと、とても心地よい。「北斎思エバ身ガ痩スル。」の部分には、読み手の自分も身が引き締まる思いになる。
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本館は冷房も効いていて、人も少ないので、夏休みに行くのにはとてもおすすめ。
本館では、小田原出身の文学者である北村透谷、牧野信一、尾崎一雄などや、小田原ゆかりの文学者である谷崎潤一郎、三好達治、坂口安吾などの作品や活動が紹介されている。
僕は谷崎潤一郎の展示の前に、最も長くいた。谷崎潤一郎は、北原白秋の誘いで、妻・千代子と娘・鮎子と小田原の地に移り住んだそうだ。
展示にある彼を紹介する文章では、当然であるが、彼が起こした「小田原事件」と、その事件に決着をつけた「細君譲渡事件」について触れられていた。僕はこの両事件に関する話が結構好きなのである。
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谷崎は千代という妻がありながら、あろうことか彼女の妹である、幼いセイ子という女性に恋してしまう。
セイ子は、ハーフのような顔立ちで、谷崎のド好みであったそうで(『痴人の愛』のナオミのモデルらしい)、後に彼女は、葉山三千子という芸名で映画女優としてデビューする。
セイ子に夢中な谷崎にひどい仕打ちばかりを受ける妻・千代。そんな彼女を不憫に思って慰めたのが、谷崎の親友・佐藤春夫であった。
そして、いつしか千代と佐藤は恋仲になってしまうのである。佐藤が谷崎に「奥さん譲っておくれよ」と言うと、「いいよん」という谷崎は承諾。
妻を佐藤に譲ることにした谷崎は、セイ子に「結婚して!」と猛アッタクした。ところが、結局、セイ子に結婚を拒絶されてしまうのである。
ショックを受けた谷崎は、佐藤との約束を「やっぱり妻はやらん」と反故にしてしまう(身勝手な男ですね)。それに激おこプンプン丸になった佐藤は、谷崎に絶縁状を叩きつけたのであった。
これが「小田原事件」の顛末である。笑える。
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谷崎と佐藤の仲が戻ったのは、「小田原事件」から約10年後である。
やっぱり谷崎は千代を愛せず、改めて妻を佐藤に譲る気になった。ここら辺の谷崎の心情は、彼の小説『蓼喰う虫』からも少しうかがうことができる(そして、千代もそれほど貞淑な女性でなかったのかもと推測できる)。
千代がやっと自分のものになると決まり、佐藤は喜んだであろう。そして、谷崎・佐藤・千代は連署で、「谷崎の妻を佐藤に譲りました」という挨拶状を世間に出すのである。その挨拶状が新聞報道され、大きな物議を醸したそうだ。
これが「細君譲渡事件」である。
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