ゴロネ読書退屈日記

ゴロネ。読書ブログを目指している雑記ブログ。2人の息子とじゃれ合うことが趣味。

『パワー』の話ー男女の力関係が逆転する衝撃のディストピア小説

 

女性に対する男性の性暴力が、不起訴になったり無罪になったりする事件が相次いでいる。冤罪の可能性があるにしろ、「被害者の抵抗の有無」が加害者の罪の判断材料になることに憤りを覚えずにはいられない。日本の法は性被害者を守れないのか。

 

男女間では肉体的に圧倒的に力の差があることに男性は無自覚過ぎる。女性がその力の差による恐怖にたちまち支配されてしまえば、抵抗などできるはずもない。昨今フェミニズム運動が盛り上がっているが、人々の性に対する意識の変革は喫緊の課題である。

 

女性学を専攻する社会学者、上野千鶴子氏による東京大学学部入学式の祝辞は胸に迫るものがあった。

 

平成31年度東京大学学部入学式 祝辞 | 東京大学

 

女性学を生んだのはフェミニズムという女性運動ですが、フェミニズムはけっして女も男のようにふるまいたいとか、弱者が強者になりたいという思想ではありません。フェミニズムは弱者が弱者のままで尊重されることを求める思想です。

 

弱者が弱者のままで尊重される社会の実現のために、僕らは変わらねばならない。

 

 

 

しかし、人の意識はそう簡単には変わらない。社会に横行する性差別に無自覚で、この状況をまだまだ「当たり前」と考える人間には一種のショック療法が必要かもしれない。

 

異色のフェミニズム小説『パワー』を読むことは、そのショック療法として充分すぎる力を発揮するだろう。

 

パワー

パワー

 

 

作者は英国作家ナオミ・オルダーマン。本書はオバマ前大統領が毎年発表するブックリストや、映画『ハリー・ポッター』シリーズでハーマイオニーを演じた女優エマ・ワトソンが主宰するフェミニストブッククラブの推薦図書にも挙げられ話題となった。

 

物語は、数人の特別な少女たちが突然変異で特別なパワーを持ち始めるところから始まる。その「パワー」とは……電撃である。

 

女性の鎖骨部分にスケインという新たな臓器が発達し、そこから発電して、相手を感電させることができる。このパワーを扱える女性はどんどんと増え、男性優位社会に反逆を起こす。男女の力関係が逆転し始めるのである。

 

女性による革命が起こり、時代が移り変わる中で、男性は性的に陵辱されたり、次々と殺されたりする。生物の肉体は電気信号で動いている。スケインを持った女性は、男性が性交を拒否しても、電撃で強制的に勃起させ、レイプすることができる。とある地域では、男性は性奴隷として扱われている。その地域を支配する女性からは男性を間引きする案が出るようになる。

 

「子孫を残すために男は必要だが、数が多い必要はない」

 

男性は「抵抗」などできるはずもないだろう。抵抗などすれば、電撃によって激痛を与えられたり、焼き殺されたりするのだから。

 

男性である自分にとっては、本書を読んで大きな恐怖感を抱かずにはいられなかった。しかし、この恐怖はまさしく現実の社会で女性が抱いているそれであるのだ。

 

 

 

この小説は、女性がそのパワーによって世界を支配することとなる転換期の時代に重要な役割の果たした人物たちの視点で語られる。イギリスのギャングの娘、ロクシー。アメリカの地方の女性市長、マーゴット。性的虐待を加えさせた里親をパワーで殺害したあと、宗教的指導者となる少女、アリー。

 

中心人物のそれぞれのドラマは重厚でとても読み応えがあり、一人ひとりの物語を紹介したいところであるが、この記事では、中心人物の中で唯一の男性であるナイジェリア人ジャーナリストのトゥンデに注目したい。トゥンデは男性でありながら、女性の支配が始まった世界で上手に生き残っていく。この新しい世界ですぐに命を落としてしまう男性は、まだ女性を腕力でひれ伏させることができると考えている浅はかな男性である。

 

トゥンデはスマートフォン片手に女性に寄り添う報道を世界各地から行なうことによって、女性たちからも一目置かれる有名なジャーナリストとなり、それによって自身の命も守っている。彼の武器は愛嬌である。彼は取材の中で様々な残酷なことを目撃し、自身も命の危機に晒されるが、女性から愛される愛嬌を必死でふりまくことでなんとか乗り越えていく。

 

『パワー』の世界は現実社会の性差別の歴史のミラーリングである。現実の社会をトゥンデのように生きる女性は少なくないだろう。「男は度胸、女は愛嬌」という古臭いことわざがあるが、「愛嬌」は男性社会で女性が自身の身をなんとか守るための処世術なのである。

 

『パワー』は、エンターテイメント性が充分ありながらも、物語のテーマは非常に重く、読み進めれば進めるほど、男性が女性にいかにひどい仕打ちをしてきたか、そして現在もしているかということを痛感させられる小説である。

 

 

 

イギリスでは本書が40万部のベストセラーになったそうだ。韓国でも昨年、フェミニズム小説である『82年生まれ、キム・ジヨン』がベストセラーになっている。

 

82年生まれ、キム・ジヨン (単行本)

82年生まれ、キム・ジヨン (単行本)

 

 

こういう各国の文化的盛り上がり一つとっても、日本の性差別に対する意識改革が立ち遅れている印象をどうしても抱いてしまう。令和の時代では、性差別がなくなり、パワーを持つ者が持たざる者をちゃんと尊重できる社会が実現されることを願うばかりです。