『宮本武蔵』を読み終わった話と一乗寺下り松の決闘の話
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「我以外皆我師」は、作家・吉川英治の名言である。
ひそかに僕はこの言葉を座右の銘にしている。自分以外の人、もの、ことはすべて自分の先生であり、謙虚さを忘れることなく、周囲から貪欲に学ぼうとする気持ちを抱きながら生きています。たまに。
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ゲーム『信長の野望』などのイラストを手掛ける長野剛がカバー画を描いた新装版の文庫の第1巻が発売したときに、読み始めた。新装版の1巻の発売は、2013年の2月なので、全巻読み終えるのに丸々5年かかった。
もともと遅読なのに加え、他の本に興味が移ると読むのを中断し、また気が向くとチビチビ読み進めるのを繰り返していたら、こんなに時間がかかってしまった。だから、久しぶりに続きを読むと、それまでの話を思い出すのがかなり大変なのであった。
まあ、映像化作品をいくつか見ているので、物語の大体の筋は知っているのだけど。
3
『宮本武蔵』の中で僕が好きな話は、一乗寺下り松で待ち構える吉岡一門総勢70余名に武蔵が一人で立ち向かう話である。小説もここは燃えるが、最も心震えるのは、映画『宮本武蔵 一乗寺の決斗』(1964年製作)での、VS吉岡一門の描かれ方である。
監督は、『飢餓海峡』の内田吐夢。宮本武蔵を演じるのは、萬屋錦之介である。(上のポスターでも分かるように、萬屋武蔵の形相はすさまじい)
カラー映画なのであるが、この戦いの場面だけ白黒になり、緊迫感が演出されている。
戦いの直前、武蔵は「殺さなければ、殺される」とつぶやき、覚悟を決め、待ち構える吉岡一門の背後の坂を駆け下る。武蔵は敵陣の中に入り、駆け、跳ね、二刀流で敵をバサリバサリと次々斬り倒していく。このときの殺陣の迫力は芸術的。
しかし、次第に武蔵は体力を失っていき、表情にも恐怖の色が浮かび始める。そして武蔵は、追ってくる敵に対して「来るなーっ!!」と叫び、刀を振り回し、敵に背を向け必死に逃げるのであった。
この「来るなーっ!!」というセリフや怯えの表情は小説にはない。ちょっとおかしみがあるが、妙にリアリティーがあり、手に汗握る。日本映画史に残る名場面である。
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吉川英治の『宮本武蔵』を原作にした、井上雄彦の漫画『バガボンド』での吉岡一門との戦いの描かれ方もたまらなくよい。
『バガボンド』の武蔵は、小説や映画の武蔵のように、吉岡一門70人との戦いに力んで挑んでおらず、「どこにも心を留め」ず、「誰にも心を留め」ず、「流れのままにーー」の境地で、吉岡一門の剣士たちを次々と斬り倒していく。
佐々木小次郎の人物造形をはじめ、井上雄彦の『宮本武蔵』物語の解釈、再創造にはいつも驚かされるし、心躍る。連載の再開が楽しみです。
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『宮本武蔵』を読み終えたので、次は吉川英治の『新・平家物語』(全16巻)を読もう。いつ読み終えることができるかわからないけど。